その人はよく自分の事を“化物”なんだと、今にも泣きそうな顔で言う人だった



その人はある日突然村にやってきた巫女達の一人だった

当時、日照りや災害で作物が採れなく困り果てた大人達は村の神様に話をしてみると言った巫女達の言葉を鵜呑みにしてその日、盛大な歓迎をした
よそ者で物心つく前から親のいなかった私は村の『丁』として身を粉にして働いていた私は、巫女達の目に入っては行けないからと珍しく早く仕事が終わった
しかし、早く寝付ける訳もなく、大人達に見つからないように粗末な寝床を出た



「あれ、こんなところに子供がいる」



森の奥の奥、大人たちだって知らない獣道を進んだところにある湖
誰もいないからとやってきた秘密の場所で彼女、千夜さんと出会った
昼間見た巫女達と同じ格好をしていたから慌てて引き返そうとしたところを引き止められ、一言二言言葉を交わして「朝早くから仕事があるので」と断り、別れた


それから度々その湖の前で会うようになった

彼女は会う度に神様にと供えられた食べ物を持ってくるようになった
はじめは神様の物だからと断った。しかし、彼女が「本人から」というので、まあ貰えるものは貰っておく主義なのでありがたくいただいた

そういえば、名前を聞かれたことがあった
私には名前がなく、村の人達からは召使と言う意味の『丁』と言う名で呼ばれていると言ったら酷く悲しそうな顔をしていた。名が無いことがそんなに悲しいことなのだろうか?生憎とその事に関して不便を感じた事はなかったので訳がわからなかった
けれど、いつまでもそんな顔されていても不愉快なので、ならば貴女が決めてくださいよと言うと今度は目を見開き、固まる。コロコロと表情が変わる人だ



「言葉って不思議な力があるんだよ」


「力…?」


「そう。時には人の人生をも左右してしまう程の力を

…特に名前は大切なの。だから私なんかが決めちゃいけないよ」



だったら尚更、貴女に決めて貰いたのですが…きっとそれを言ってしまえば彼女はまた悲しそうに笑うのだろうという事を知っていたので胸のうちに留めておいた

千夜さんはよく自分の事を『化物』だと言う
私にはその理由がよくわからなくて一度だけ尋ねてみたことがある



「うーん、そうだなぁ…

じゃあ、丁にはこれ“視”える?」



そう言って千夜さんが手で示したところには何かある様には見えなかった


「私には“視”えるし、会話も出来る。だけれどほとんどの人達には視えないしそれが何かを語り掛けていたとしてもわからない
そんな人達ばかりなのにいきなり何もない所に向かって話しかけたり得体の知れない何かがいるだなんて言い出してみたら?…大体の人は気持ちが悪いと思うでしょうね
そんなモノは気味の悪い“化物”と同じだと考えてもおかしくはないことね」


「…そう、ですね」


現に私がそうだ
周りと違って親のいないよそ者の私は召使として、周りとの違いを見せつける様な扱いを受けている
きっと、目に見える形で他の人と違う彼女が味わってきた苦痛は私なんかが想像出来る域を超えているんだろう





「…それに、私がしてきた事は化物と同じだしね」







































それから暫くしてまた雨が降らなくなった

いつまでたっても成果を出さない巫女達に村の大人達の信頼も次第に薄れていき、そしてとうとう生贄を差し出そうという事になった
勿論その生贄に選ばれたのは、唯一誰からも異論の出ない私

誰かがならなければならないのだ
それならば私にその役が回ってきたのは至極当然のこと、恨みなぞない

真っ白な装束に着替えて祭壇の上に座る





「待って!」




少しぐらいの恨み言ぐらい許されるか、と口を開こうとしたその時だった
聞こえてくるはずのないその声は凛としていて、その場にいた大人達の動きを止めた
息を切らしてこちらに向かってくる千夜さんは、さっきの声の持ち主とは思えないほど掠れかすれの声を張り、叫んだ


「神さま、は、生贄なん、か、望んでいない!!」


「うるさい、もうお前達の言う事なんか信じられるか!!」


「お願い、これだけは信じて…ください。あの人は、あの人も白澤様も生贄なんか求めたことなんかないの!!」


「うるさい、よそ者が!!!」


まずは赤が散った
次に見えたのは千夜さんが地面に吸い込まれるようにゆっくりと倒れてゆく光景



「化物が」



じわりじわりと広がっていく赤は彼女の綺麗な髪さえも染めた
大人二人に運ばれていった彼女はきっと山にでも捨てられて、獣達の餌にでもなるのだろうか

ああ、




「恨むなよ、丁」
































































「もしもあの世というものがあるのならば……
















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