この新しい集落に来て早三ヶ月、
余程作物が育たなかったのか、それとも異常気象に悩まそれてきたのか、
こんなにも怪しげな集団がいきなりやってきたと言うのに、「神のお言葉を聞いてみましょう」なんという言葉をいとも簡単に信じ、ただでさえ苦しいはずなのに素晴らしい歓迎を受けた
そして事もあろう事か、集落の社に私たちを通した
そしてここからが私の出番
その集落の”神”と呼ばれる存在と話をし、求めるものを用意して代わりに奇跡を起こしてもらう
しばらくの間滞在し、潮時になる前に適当な理由をつけて出ていくのがいつものやり方だった
一度でも奇跡を受けた集落の末路は目に見えていた。そこの神が力尽きるか、気まぐれに去ってゆくか物の怪達に喰われて消えてしまうか
が、今回の集落はほんの少し違った
ここの神は多くを望まなかった
そしてどこまでもお人好しだった
だからか、村人達の期待に応えるべく自分の身に合わない力を使い続け、誰にも気づかれることなく最期を迎えた
いつものように次の集落を探しに旅立つはずだった
「僕が助けてあげようか」
ソレは人好きのする顔で、甘い甘い蜜を私達の前に垂らした
口には出さないが長く続く旅に心身共に疲労が重なっていたのは目に見えてわかっていた
巫女達は確かに疑いはしたが、拒みはしなかった
ソレの言う通りにしてみて成功すれば良し、何も起こらなければいつものように去ればいい…、そんな軽い気持ちでソレの言葉を利用することにしたのだ
結果は大成功、
こうして私達は暫くの安住の地を手に入れたのだ
ソレの勝因は、私が不在の時に巫女達へ接触することが出来た事
だって、私がいたのならばすぐに正体がバレてしまっただろうから
「……だと思うんですけど実際の所どうなんですかね、白澤様?」
「う〜ん、まあ限りなく正解に近いかな」
そう言って目を細めたソレ…、白澤様はコロコロと可笑しそうに笑った
確かに白澤様は他の物の怪達とは違う。もっと、高貴で神聖なものだ
しかも、今まで出会ってきたモノ達より遥かに力が強い
…だけど、何かが違うのだ
断定は出来ないが、自信持って「違う」と言い切ることが出来る
「酷いなあ、僕だって神のソレと同じ様なものなのに」
「でも神ではないんでしょう?」
「酷いなあ、わかったよ。降参
僕は神獣・白澤だよ。海の向こうのもっとおっきな大陸のね」
「ほーら、やっぱり」
しかし、神獣かあ。そりゃこれだけ力があるわけだ
こりゃ下手に無碍にする方が得策だな
ふむ、と一人自分の中にある疑問に納得をつけていると、そろりと近づいてきた手を視界に捉えたのでその手が届く前にパシリと払う
すると、コロコロと笑う声と共に「手厳しいなァ」なんて言葉が出てきた
「カミサマとは思えないほど手が早いですよねー」
社の奥の奥、私達ですら入れない部屋で夜な夜な行われている事がなんなのか、分からない程子供ではなかった
巫女としてどうなのか、とか思うところは多々あるが、本人達は無理を強いられているわけでは無いようだし、何よりとても嬉しそうだったので私は口を挟まない事にした
(決して面倒だとかではない、決して)
「君たちの上にいるのは獣ですよーって教えてあげたらどんな顔するだろうね」
「だから神獣だってば」
「はいはい分かりましたよー」
適当に返事を返し、飽きたと言うように寝転がれば白澤様はそれ以上何かを言ってくる事はなかった。神様の前でなかなか不躾な事しているな、と思いつつ今更正す気もなかった
白澤様の、こういう事に関して全く口出ししてこないところは自分の中でも好感をもっているところだった
きっと、それも白澤様がとことん優しいから
私が本当に求めているものをしっかりと理解してどろどろに甘やかしてくれる
これじゃあ、人の事なんてとやかく言えないなあ
なんだ、私白澤様の事そこまで嫌いじゃないのか
「千夜、もうそろそろ就寝する時刻ですよ…?」
「はーい、それじゃお先に失礼いたします…白澤様」
「晩安。おやすみ」
白澤様はこちらを見てニッコリと目を細めて笑うと手をひらひらとさせてきたので、私も真似るように小さく手を振ってみた
それが目に入ったのか、私を呼びに来た巫女の視線が一瞬鋭くなったので、それから逃げるように部屋を後にする
おー怖い怖い
きっと、今日は彼女かな
少し前までは集団を率いる主だったのにね、
貴方が消えてから全て変わってしまいましたよ、全く
届かないとわかっていながら空に吐き出した言の葉は迫り来る夜の闇に溶けて消えた
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