罵声を浴びるなんて事は日常茶飯事の事だった。
少し酷い所になるとそれに暴力がプラスされる。
いつ来るかわからない暴力に怯えて過ごす日々が嫌で、そんな事に怯えている自分が嫌になって、次の家に引き取られるという騒ぎの隙を狙って逃げ出した。
走って、走って、走り疲れた頃にはもう身体も何もかも疲れ果てて
気づいたら車道に足を踏み入れていた。
耳につんざく悲鳴に初めて顔を上げれば、猛スピードで走ってくる車がそこにいた。
このままじゃ、死ぬ…
―どうしてお前が生きている必要があるんだ?
私が、死んだほうが、
いや、生きているのが間違いなのか…
迫りくる死に身を任せようとしたその時のことだった、
名前さんが私に腕を伸ばした。
おかしな人だと思った。
あの時、確かに私は死んでもいいと思ったんだ。
なのにあの人は自分の事も省みずに飛び込んできた。
いきなり叫び出すし、いきなり怒り出すし、
怪しいはずなのに私の事は一切干渉してこないし、
本当におかしな人だ。
ほら、今だって私が自分勝手に部屋に篭っていたのにこうやって笑顔で腕を引いてくれる。
(しかし、どうやって部屋の鍵を開けたんだろうか)
「さっ、行こうか三郎くん」
「……」
本当に、おかしな人だ、
――お前が、殺したくせに
影がそんな私を嘲笑った。
bkm