廊下は赤いコサージュをつけた人でいっぱいだった。運動場も、講堂も、赤いコサージュでいっぱいだった。啜り泣く声や笑い声で満たされた学校が、なんだか今日は妙に優しく見えて、とても、死んでしまいそうだった。


「赤司、おめでとう」
「ありがとう、君もおめでとう」


大きな花束を抱えていた彼は、ゆっくりと振り向いて口に三日月を浮かべる。花のせいかそれとも香水か、彼からは甘い匂いがして彼らしくない。今日、彼と話をするのは初めてだ。それは意図的以外の何物でもない、彼と話すときっと彼にとっても、自分にとっても一番よくないことになるだろうから。お互いがそれぞれの道を進んで行くなんて当たり前で、それが一緒ではないことも当たり前だ。青春なんて別れの連続で、いずれ忘れ去ってしまうものでもある。記憶が残っていたとしてもうっすらとしか残らない。今日が一生続けばずっと彼と一緒なのに。彼の記憶に色濃く鮮明に映っていたい、けれどそれはきっと叶わないことなのである。もんもんとしたものが心に残り、息ができなくて窒息しそうだ。


「これから、寂しくなるな」
「……思ってないくせに」
「君が思っている以上にはそう感じているよ」


この目を見てごらん、そう言ったので彼の目を覗き込んだけれど私にはわからなかった。なんにせよ、私の方が彼を寂しく思っているに決まっているのだから、知ったところで安心するわけでもない。知っても知らなくても、胸にぽっかり穴が空くのは目に見えていた。空は私を嘲笑うかのように青い。赤と青、対極的な彼と空に思わず目が眩んだ。


「ねえ、赤司」
「なんだい」
「写真とろう」


彼と私が一緒にいたということを残しておきたい、そんな考えに気がついているのかいないのか、いや、気がついていないだろう。彼は特別何も言わずに頷いた。お揃いのコサージュが画面に移る。寄り添って笑って、音もなくカメラは私たちを撮った。一瞬だけ光って、それだけで終わる。今この瞬間を切り取ったように、それは画面に写し出されていた。彼だけが、輝いて見えた。


「じゃあさよならだね」
「ああ」
「元気でね」
「僕は君のこと、嫌いじゃなかった」
「そっか」


私は赤司のこと、大嫌いだったよ。口の中でそっと呟くと、酷く苦い味がした。青春だなあなんて呟きは、彼の後ろ姿とともに見えなくなった。


きらきらがきらい


慈愛とうつつ様に提出