雨が降っている。冷たいと感じたのも最初の数時間だけ、もう温度を識別できるほどの体温もその細い体には残されていなかった。雨の落ちる感触だけが肌に跳ねる。べったりと肌に貼りついた着物が気持ち悪かった。
『かくれんぼだよ、』
 父親の声が耳の中に木霊する。
『母さんが見つけにくるまで』
 その笑顔にはどんな意味が籠もっていたのですか。

『帰ってきては駄目だよ――』



「きょうじろさん」
 来羅の呼び掛けたその言葉に素早く京次郎だと切り返しが投げつけられる。どっちでもいいじゃないかとかぼんやり考えながら、縁側に座り込んで刀の手入れをしている京次郎に思い切り突進した。がつん、と背中に体当たりを食らわせたけれどもダメージはゼロ、相変わらず刀を眺める横顔になんだか泣きたくなる。
「なんじゃ、危ない」
「…痛くないのですか」
「痛うないわ」
 ばっさりと切り捨てられて思わず来羅の両頬が不機嫌そうに歪む。つまりは構ってほしいのだ、京次郎に。もうかれこれ30分は刀と向き合っていてまともな会話もしていない。居候の分際で我が儘を垂れるのもなんだが生憎と来羅は極度に寂しがり屋なのでその辺りに関しては図々しい。早く、早く。こっちを向いて。
「もう三年も経ったけん、いい加減わし以外の奴らにも慣れんのか」
 手入れが終わったのか刀を鞘にしまい込みながら自分の背後で正座をしている来羅を振り返る。整った顔に左目の刀傷が色っぽい、流石魔死呂威組の若頭といった風貌。この色男にときめいたのは何度目だろうとか頭の隅でぐるぐる考えながら黙って京次郎を見つめる。
 五年前、来羅の父親は再婚をした。男を作った母親に代わってやって来た義母は優しかったけれど、やっぱりどこかよそよそしかったのをしっかり覚えている。結婚相手の大切な血をひいた娘。きっと義母とはそれだけの希薄な繋がりでしかなかった。二年、一緒に過ごして。確かに義母との距離は縮まったと思っていたのに、――捨てられた。それも。父親。に。十五にもなってかくれんぼだなんて見え透いた嘘に気付かないとでも思ったのか、それとも気付いていようが構わなかったのか。どちらにしろ来羅が捨てられた事実は変わらないわけで、そして自分を捨てた父親の下に戻る気もなかった。


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