すっかり日が暮れた頃、プルルと京次郎の携帯が震えた。河原を散策していた来羅がぴこんと反応して眉を下げる、その表情に苦笑しつつ京次郎はゆっくりと携帯の通話ボタンを力強く押した。溜め息しながらそれを耳に押しつける。
「…なんじゃ」
『若頭すんません、仕事が』
「…適当に戻るわ」
 ぴ、と相手の返事も聞かずに終話ボタンを押して強制終了、申し訳なさそうに来羅を振り返るとぐしゃぐしゃとその髪を撫でた。噫、嗚呼。折角の一日が台無しだと思う自分は女々しいのだろうか。久しぶりに二人で外へ出たというのに。
「わたしは若のところ寄ってから帰りますね」
「すまん、気ィ付けて帰れよ」
「大丈夫ですよっ」
 ぱたぱたと駆けて行く来羅の背中を見送る。手には差し入れとか言って買われた和菓子や洋菓子の詰まっている風呂敷包み。どうせ若のところで一緒に食べるんだろうなとか考えて思わず頬が緩んだ。あの二人はどうやら気が合うらしい、願わくば少しでも若の気休めになりますようにと。



 ばたばたと裸足で走る。早く、早く。足の裏から伝わる冷たい感触が無性に恐怖心を煽り立てる。
 殴られた頬が痛かった。着崩れた着物が気持ち悪かった。冷たいコンクリートで足が冷える。早く、早く。ぽろぽろと涙が頬を滑り落ちた。がばりと大きく開いた胸元の合わせを寄せて右手でぎゅっと握り締める。屋敷につけばきっと安全だと脳に暗示をかけて走った。変な緊張感と恐怖で自分が今疲れているのかも解らない。早く、早く。吐き出される狭い間隔の吐息がやけに遠く感じて。ごしごしと乱暴に左手で涙を拭う。痛い、痛い。怖い、怖かった。

 ――怖い。

 屋敷の門をくぐり抜けて玄関ではなく縁側へ向かう。ばたばたと縁側へ飛び乗って自分の部屋まで走った。組員は出払っているのか眠っているのか解らないが部屋に灯りはついていない。やっと自分の部屋まで辿り着くと障子を思い切り開け放って中へ逃げ込んだ。噫明日縁側の掃除しなきゃいけないななんて妙に冷静に考えている自分がいて。
「来羅…?」
 その声と言葉にぴくりと反応して大きく開け放ったままだった障子を振り返る。呼び掛けた相手の顔を認識するとやっと安全なんだと思えて思わず畳へへたり込んだ。がたがたとそれまで気付かなかった体の震えが視覚から脳へ食い込んで恐怖心が異常に駆り立てられる。怖い。怖かった。怖い。怖い。怖い怖い怖い怖い。


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