見渡す限りの赤朱紅。眩暈が起きそうだとぼんやり考えながら煙草に火をつけて口にくわえた。頬に貼り付いた血がかぴりと乾燥していて煙を吸う度に引きつり、どこかむずがゆいような感触を覚えて厭になる。取れないのを承知でぐいぐい袖口で拭ってみたが思った通り血は頬に貼り付いたままだった。ふ、と吐き出した煙と煙草から立ち上る煙が鉛色の空に熔ける。雨が降りそうだなとか妙に人事のようにのんびり思考を巡らせ、とりあえずはさっさとここから引き上げて風呂に入りたいと思った。
 見上げた空から目線を逃がせば自分のすぐ隣で何十人という攘夷浪士が地面に転がっている。すべて死んでいる。すべて。
「いろ、無事か」
 ぽたぽた。血が落ちる。血にまみれた刀は酷く刃こぼれしていてもう何かが斬れるようには見えない。彼女の刀がぼろぼろになるのはこれで何度目だろうか、いつも一人で全体の三分の二は片付けてしまう為に、乱闘があると必ず刀はぼろぼろになっている。もう何度刀を折り、何度鍛え直されただろう。
「無事、ですよ」
 ぽたぽた。血が落ちる。血にまみれたがたがたの刀を一振りすると鞘に収め、ゆっくりと辺りを見回して空を仰いだ。鉛色の空は重苦しくてこちらへ落ちてきそうで。
 少し離れた場所では総悟が骸を無遠慮に跨ぎながら生きている奴がいるかを確認していたが、多分いない。いろは女だてらに一振りで相手をぶっ殺すのが得意だ。相手を斬ることに迷いがない。それでもすべてが終わった後。とても後味の悪そうな顔をするのだ、刀がどれだけぼろぼろになろうが敵がいれば斬る。斬れなくとも力任せに斬りつける。全滅させるまで突っ走るくせに走りきったらとても悲しそうな顔をするのだ、殺すことに迷いなんてないくせに自分が突っ走った真っ赤な道を振り返って。
「いえ、ただ、」
 吐息とともに吐き出されたその言葉は煙と同じように鉛色の空へ溶けて空の一部になってしまった。ごろごろ、雨なんて降っていないのに先走った雷が遠くの空で音を響かせた。雨が降ればこの一面赤く塗り潰された地面の色を、綺麗に洗い流せるのだろうか。
「虚しいな、と」
 ふわりと高い位置で束ねられた長い髪が風に揺れた。その後ろ姿に昔の自分を思い出したのは彼女の髪が黒いからだろうか、自分のそれより随分美しい黒髪は血の臭いが充満し骸が転がるような地獄絵図であっても艶やかで。


 






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