「みんな好きです、大切なんです。ミントンをしている山崎さんのこととか、沖田さんに悪戯をされて怒っている土方さんとか楽しそうな沖田さんとか。全部大事なんです。そんな毎日を私は全部覚えています」
 つらつらと流れ出た言葉が空に浮く。彼女はそう言いながらそんな過ぎてきた日々を思い出しているのか懐かしそうに優しく笑った。その笑顔にどきりと心臓が痙攣する。噫、愛しい。やっぱり愛しいのだ。離れたくもないしこの想いをしまったまま彼女と左様ならをするのも嫌だ。きっとここを辞めてしまうに違いない。家の事情で帰らなければ、と。そんなのは
「あ、ああの、俺っ、」
 嫌だ。
「山崎さん、」
 彼女の優しい声音に名前を呼ばれて思わず言葉を飲み込む。なんてこったこの弱虫。俺はとんだ腰抜けのようだ。今ここで想いを伝えようと力んだくせに結局出来なかった。はあ、と浅く吐息を吐いた、瞬間。

「私は病気らしいのです」

 息が詰まった。肺に届くはずの空気が喉の奥で塊になってつっかえる。彼女は再び悲しそうに笑った。病気?
「――えっ、は、…え?」
 俺の声は言葉になる前に意味のない音に変わった。病気?彼女は相変わらず悲しそうな笑顔で俺を見つめて吃驚ですよねと悲しそうに言った。そんな素振り見せなかったのに、病気。昨日だってあんなに、普通に笑って普通に仕事をしていたのに。
「脳に腫瘍があるみたいで。そこまで大きくはないようなので摘出すれば問題ないらしいのですが、」
 そこで彼女の言葉が途切れる。ぐしゃりと膝の上で着物を握り締めながら小さな白い拳が震えた。どうしてそんなに泣きそうな顔をしているの。問題ないならすぐにでも摘出して、また戻ってきてほしい。そうしたら。
 ふわりと吹いた風が彼女の黒髪を揺らした。
「私はすべてを忘れてしまいます」
 この想いを。
「摘出をすれば命は助かります。ですが記憶をとっておくところが傷付いてしまって忘れるどころか、新しいことももう何も、覚えてはいられないのです、」
 そんなのは嫌です。ここで過ごしてきた毎日を忘れたくはありません。こんなに輝いているのにこんなに大切なのにこんなに、
「大好きなのに」
 そう言った彼女の真っ黒の瞳からぽろりと一粒涙がこぼれ落ちた。
 腫瘍を摘出しなければそれは脳の中で肥大していずれ彼女は死んでしまう。それは嫌だ。でも、摘出をすれば彼女の中の俺も死んでしまうのだ。どうすればいい、どう言えばいいのだろう。彼女に死んでほしくも、俺に死んでほしくもないのだ。皆さんには内緒ですよ、と涙に溺れた瞳で彼女が優しく微笑んだ。



だって結局死んじゃうじゃないか




 数日後、彼女は倒れて入院。手術を強行しようとした医者を振り切って屋上から飛び下りてしまった。
「…こんなに大好きなのに、」
 どうして生きてと言えなかったのだろう。忘れられようが、覚えてなかろうが。俺が毎日愛を囁けばよかっただけだったのに。ともあれ、彼女も彼女の中の俺ももう死んでしまったのだ。面会時間はもう終わりですよという看護婦さんの言葉に、俺は機械に繋がれたまま腐っていくであろう彼女へ別れを告げた。





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切り出せない」さまに提出∩^ω^∩
駄目だ、我が家の退は不幸せ者だ←


 






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