「飛ぶの?」
 ばさり、とすっかり冷たく渇いた風が俺たちの髪をかき混ぜる。暖冬とは言え冬真っ盛りなこの時季、学ランにマフラーでは日が暮れると些か寒く感じた。無意味に真横へ垂らしたままだった両手をポケットへ突っ込み、その奥のカイロを握り締める。一日俺に付き合ったカイロはそろそろ力尽きるらしい。振ればまだ頑張ってくれるかなとか思ったが、それでもポケットから出す前になんだか面倒くさくなったのでやめた。
「飛ぶよ?」
 そう言い切った彼女は山崎は物好きだねと言いながら俺を振り返ってつまらなさそうに笑った(どうやら愚問だったらしい)。確かに物好き、かも知れない。とは言え、彼女に俺を物好きと言える資格もないわけだが。彼女も俺からしてみればなかなかの物好きでしかない。
 ばさり、と風が髪をかき混ぜる。つん、と痛くなった鼻に噫生きてるんだなって妙に思い知らされた。彼女も、きっと同じだ。生きている。鼻が赤いのだ。
「本当に来たんだ」
「来るよ」
 先程の彼女と同じくらいつまらなさそうな笑顔で口元を歪ませる。それもまた愚問、だ。彼女は俺の思考を読み取ったような納得したような表情を浮かべてそっかと微かに笑いながら金網へもたれ掛かった。外側から内側にいる俺の顔を覗き込むようにくりくりの瞳が金網越しにこちらを見つめる。何度も黒染めと奇抜色を繰り返して傷んだ髪がゆらゆらと風に揺れた。掴んだらキシキシしそうだなあとか至極どうでもいいことを頭の隅でぼんやり考える。
「物好きだね」
「そっちもね」
 けたけた、なんでもないように笑う。いつも通りの会話、ただ今いるここが暖かい教室ではなく寒い屋上という僅かな違い。それだけ。
 かしゃん、と金網が泣いた。さてと、と彼女が気怠げに呟く。噫もう行くんだななんて冷静に考えながら、彼女の方へ歩き寄ってその目が覗いていた位置よりずっと上に自分の額を押し付けた。
「逢えるといいね」
「そのために飛ぶんだよ」
 にっこり、笑う。今まで目にしてきたどの笑顔より笑顔らしい、最上級でこの上なく美しいそれは俺をついどきりとさせるのに十分すぎる代物だった。"彼"はいつもこんな笑顔を見ていたのかと思うと少々の不快感が胸中に燃え上がってぼそぼそとくすぶる。世界はこれを嫉妬と言うらしい。
「逢えるだけで私は幸せ」
 ばさり、と風が髪をかき混ぜる。ふわふわゆらゆらと丈の短いセーラー服のスカートが揺れた。先程まで僅かにオレンジ色の漂っていた空はすっかり暗くなっていてどこを見やっても黒く塗り潰された青空が続くだけ。まだ星もない空は酷く殺風景で寂しくて、けれどそれでも綺麗、だった。ついに冷たく死んでしまったカイロを手放してひらひらと手を振る。
「逢えるように願っとくよ」
「あは、ありがとう」
 ふわりといつも通りに笑った彼女の足は屋上を蹴った。



溺れるディープブルー




 ゴチャ。と鈍い音が響く。これが彼のいない世界で彼女が幸せになれる唯一の方法なのだ。彼女の最後の笑顔が妙に網膜に焼き付いて、目を閉じればより鮮明になるその笑顔があまりにいつも通りすぎるのでなんだかおかしくて俺も笑った。





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左様なら」さまに提出∩^ω^∩
ほのぼのした死を書く予定だったのにおかしいな/(^O^)\!


 






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