「…お前、キレイだな」
 その柄にもない一言にびくりと思い切りいろの体が強張る。それから動揺したようにばさばさと手に持っていた資料が盛大に床へ散らばった。がちがちという音がしそうな堅い動きでその言葉を言い放った人物を振り返ると余裕綽々な笑顔を貼り付けた土方と眼が合って思わず赤面、耳まで浸食した赤色を誤魔化すように屈んで散らばった資料を拾い集めた。此方へ歩み寄ってくる足音が耳朶に刺さる。
「…なんの用ですか、」
 平然を装いながら言って集め終わった資料を床で揃えて腕に抱え直す。ただの資料整理、予定もないのでだらだらと進めていたらまさかの展開。今すぐ逃げ出したいとかぐるぐる考えながら立ち上がって資料を指定の場所へ丁寧に戻した。
「いや、暇だっただけだ」
 すぐ背後で声が響いたことに驚きながらもそうですかと相槌をうつ。瞬間、するりと太ももに違和感を覚えてぞわりと背筋が寒くなった。
「お前、足がキレイだ」
 するする、と土方の長い指がいろの太ももを滑る。女性用の隊服は丈の短いスカート仕様なので触り放題というかなんというか。これは俗に言うセクハラというものじゃなかろうかとか妙に冷静に考えつつ資料を手放したために自由になった右手でその手を掴みあげた。ぐり。と捻りあげればなんだよという低い抗議の言葉、いやこっちの台詞だよとか胸中で毒づいて土方を静かに睨む。
「さっきはあんなに可愛かったのにツンデレかお前」
「ツンデレじゃないです、ツンドラです」
「そりゃ永久凍土だ」
「違いますよツンツンしてドライなんです」
「いいとこなしだな」
 悠長に言いながら捻られた右手を逆に捻り返して引き抜く。それから煙草をくわえると慣れた手付きで火を付けてふっと無遠慮に吸った煙をいろの顔へ吹きかけた。げほ、と咳き込むのを見届けてにやりと笑う。
「…副長酷いですわたし煙草嫌いって言ったじゃないですか。もしかして巷で流行りのパワハラですか」
「巷で流行ってもいねえしパワハラでもねえぞ」
 半ば呆れたように言葉を並べたいろを見やる。呑気なやつだと思った。可愛らしい顔をしているくせに言葉はトゲトゲでまったくそれを活用できていない。もしかしたら自覚がないのかも知れなかった。黙れば可愛いというのはこういう人物の事をいうのかと二十代前半にてやっと理解。


 






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