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ただいま戻りました。と伝えた私の顔を見るなり晋助さまはくすりと笑った。こりゃあまたひでェなァなんて呑気に煙管を燻らせながら私に近寄ってかぴりと頬に乾燥したそれを擦るように撫ぜる。それから怪我は、とだけ言って私の血で汚れた顔を覗き込んだ。 「いえ、特には」 「ほう。どこだ」 「…」 此の方は、目敏い。 じくじくと傷む脇腹を晋助さまのご所望通り着物を取り払って差し出す。すっぱりと鋭く、けれど浅く開いた傷口は私が動く度に決して少なくはない量の血液をそこから垂れ流していた。ここに辿り着いた頃には結構な量を消費していたわけだが、けれど此の程度の出血などたかが知れていて致死量には程遠いことくらい解っている。わざわざ晋助さまへ言うまでもないと思っていたがどうやらそうでもなかったらしい、現に晋助さまは私のためにその美しい手を血で汚してまで手当てをしてくれているのだ。私は晋助さまのこういった優しさが好きだ。 「お前、無理をするのが好きだな」 「この程度問題ありません。晋助さまのお望みとあらば私はなんでも致します。例えば紐や縄や鎖で繋がれようとも、子猫のようなひ弱な存在へと成り下がり私の全てでもって奉仕をすることも。私は何一つ厭わないのです」 そうか、と呟く晋助さまの指先が器用に包帯を巻き付ける。縫わないのですか、という私の問いを軽くあしらうとつつつとその指先が包帯越しに脇腹の傷口をそっと撫で付けた。ぴりぴりとした痛みが神経から伝わってきて僅かに眉をしかめるも、苦ではない。元より私は、此の身は、晋助さまのためのものなのだ。晋助さまの手をとったあの日のあの瞬間。から。 「俺は存外、お前を大切に思っているんだがな」 だからお前もそれなりに自分を大切にしてくれねえか。気高い薔薇の散り際など、 「誰が見たいと、言ったんだろうなァ?」 「以後、注意致します」 その言葉に、その微笑を称えた艷っぽい表情につい心臓がざわざわと反応する。手にべったりと染みを作った私の血を拭うことく晋助さまは脇に避けていた煙管をくわえて火を点した。煙を燻らせて軽く吐息する。 これは駆け引きなんてものではない。私が一方的に彼に縛られ、彼が一方的に私を縛っているだけのそれだけの話。どちらが先に溺れただとかそんなことはどうでもいい、ただ彼の側に居られたら私は幸せなのであって、詰まり私は永遠なんてものは要らないのです。儚い夢など見るものではないのだ、酔っているわけでもあるまい。
いろは唄
「お前、いいオンナだなァ」 「御戯れを」
‐‐‐‐‐‐ 企画「恋のうた」さまに提出!
遅れてしまって本当に申し訳ありませんでしたorzorzorzorz やっと真面目なたかすぎんが書けますた(´・ω・`)
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