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「あ、土方」 このくそ暑い夏を物ともしないような明るい声音が耳朶に響いて振り返る。ミンミンジワジワと命を謳歌するために逢い引きを繰り返す蝉の声が毎年のことながら酷く煩わしかった。この蝉の啼き声が更に夏を助長させているような気がするのは俺だけなのだろうか。いや絶対体感温度が1℃くらいは上がっているに違いない。でなければこんなに腹が立つわけがないと思うのだが完全なる持論なので信憑性は皆無である。 見て見て、奮発。とか言いながらいろが此方にぱたぱたと走り寄ってくる。足を踏み出す度にふわふわと軽そうな素材のスカートが翻ってチラリズムな太ももがどうにも悩ましかった。普段あまり拝めない私服のせいかがらりと雰囲気が違って見えて思わずどきりと心臓が戦慄く。…あれ、俺って不謹慎なのかこれ。 「なんだ、これ?」 「絵ろうそく。綺麗だよ」 にこりと笑ういろの鞄の中にはその絵ろうそくの入った丁度手に乗るような大きくも小さくもない箱が五箱も陣取っていた。考えなくても解るその絵ろうそくたちの役割は山崎への贈り物、だ。出来た女、とは決して言えないがいろは見た目に反して中々律儀なやつだと俺と山崎は知っている。がさつなくせに変にデリケートであからさまに扱い辛そうで、けれど蓋を開けてみれば実に単純明快で解りやすいということも、俺たちは知っている。 いや、知ったのだ。俺は。 「そういえばお前色々買い漁ってるらしいじゃねえか」 「なにを?」 「山崎への贈り物」 「あは、だって」 退のお母さん寂しそうだから。 そう言い切ったいろは少し困ったような悲しいような、幾らか複雑そうな顔をして笑った。その色々な感情がない交ぜになったような表情になんだか泣きたくなる。少しだって考えなくても解ることだが山崎は、やつは実にそれこそ羨ましい程こいつに愛されていたのだなと妙に実感させられたような気がした。俺ではその代わりはできませんかというのは、やっぱりできないのだから聞くまでもない。だって俺と山崎は違う生き物なのだ。 「だからね、このお供え物たちは実は口実で、あたしはお母さんに会いにいってるの」 退の家は母子家庭でしょ、と。笑ういろの表情は相変わらずだった。
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