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「…。"鬼姫"、です」 答えて、気まずそうに視線を落とす。その呼ばれ方が名前ではないことぐらい彼女の反応を見れば直ぐに解る。 「それは違うでしょ、お嬢さんの"名前"を聞いてるんだよ」 銀時がそう言うと茶色の瞳が僅かに揺らいだ。くしゃりと歪んで一瞬泣きそうな子供のそれになる。震える唇で、ゆっくりと言葉を口にした。 「―――」 「え?なに?」 「…はす、と申します。銀時さま」 再びぺこりと頭を下げる。銀時は満足そうににこりと笑うと、よくできました。と言いながらくしゃくしゃと茶色い髪を優しく撫でた。 「――え、」 するり。と手がすり抜ける。情けない声が漏れたことなんてまったく気にもならなかった。ぐらり、とはすの体が横に傾く。まるで時間が進む速度を緩めたように、ゆっくり、華奢な体が。電池の切れた玩具のように、どさりと地面にぶっ倒れた。完全に気を失ったらしく、くったりと倒れ込んで動かない。思い出した様に右肩と腹の傷からどろ。と血が辺りに広がった。青白い顔と赤黒い血に体中が凍りつく。 「おまっ、自分の体心配しろよ!」 悪態をつきながら華奢な体を抱き上げて立ち上がり、病院へ向かうために足を踏み出した。激しく動き回って血液を大量に失った所為か、先ほどすでに低温だった体温が更に低くなって若干冷たいと感じるまでに落ちている。その顔は生きている人間にしてはあまりにも何かが足りなくて。 「お怪我はありませんでしょうか。じゃねえだろうが」 自分が一番ぼろぼろなくせに。 銀時が動くたびに抱えられたはすの体からぱたぱたと血がこぼれ落ちて地面に道しるべを作る。先程赤く汚れた着流しがはすの血で更に赤く染まった。くったりした体を大切に抱きしめ、残り少ないであろう血液が外に逃げない様極力振動を与えない為に慎重に走り出す。しかしぐらっと殺しきれなかった振動が伝わってぼた。と血がこぼれ落ちる。それと、ほぼ同時に。はすが目を細くあけた。焦点のあっていない視線を辺りに漂わせてぼんやりとした瞳を銀時の顔へ向ける。もぞりと僅かに動いた途端喉の奥から血が湧き上がり、ごほっと激しく咳き込んだ。 「ああ悪ぃ…大丈夫か…?」 はすの顔を覗き込んで心底心配そうに顔を歪め、あまり動くなと制してから視線を前方へ戻す。ふと、はすがぼんやりしたまま口を開いた。 「銀時、さまは」 「しゃべんな、はす」 「銀時、さまは。…私を、気味が悪いと、思わないのですか、」
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