「単純に私が誰にお仕えするかを知るということです」
 言い切ってはすがちらりと土方を一瞥する。土方自身そういうことだろうとはある程度見当をつけてはいたので大して驚きもない。意味自体は認識のまま、それが鬼姫としての主従関係を示しているだけのこと。キアが気にしていたのも所謂"認識した相手"がはすのご主人様になるからで、つまりは大切なのだ。自ら地球へ逃がす手引きをする程、はすが。
「お前、万事屋が嫌なのか?」
「え、?」
 ぱちり、ぱちり、と茶色い両の目が不思議そうに瞬きを繰り返す。畳へ沈めていた視線ははっきりと土方に向けられていて、そのまま少しだけ首を傾げた姿は土方の心臓をどきりとさせるのに十分すぎる代物だった。どうも調子が狂うなとか頭の隅っこで考えながら、わざとらしく咳払いをしてみせて誤魔化すように今し方吸ったばかりの煙草を取り出して口に引っ掛ける。かちり、とマヨネーズ型のライターが火を噴いた。
「いや、こんな雨の日にそんな体で出歩いてるからよ。もしかして逃げ出したのかと思っただけだ」
「噫いえ、そんなことは」
 ゆらゆら、茶色い瞳が揺れる。僅かに垣間見えた感情が死んでいくような気がした。それでも無表情しか浮かんでいないその顔はなんだかどこか泣いているようで。ただ、と言葉を続けたはすは今すぐ手を捕まえて繋ぎとめなければ消えてしまいそうだった。
「この降りしきる雨の中に身を投じれば、そのまま消えることができるのではないかと」
 消える、という言葉がやけに脳内に反響する。噫そうか、はすは優しすぎるのだと気付いたけれどしかしとっくに手遅れで土方にはどうしようもなかった。ずっとずっと前からはすの体には罪悪感がぱらぱらと降り落ちていたのだ。長い間はすの上に積もったそれは重たくなってそろそろその小さな体を押し潰そうとする。
「私は存在してはいけないのです」
 その言葉を拾い上げて壊してやれるだけの完璧な単語の組み合わせを、残念ながら土方は持ち合わせても手に入れ方も知らなかった。それでも、と思う。間の抜けた酷くがたがたで、ましてや万事屋の名前を借りるような粗末なそれではあるけれど。それでもはすがほんの少しだろうが救われるのなら、いくらでも。耳が腐る程言ってやろうと。どうしてこんなに必死なのか自分でも解らないけれど。


 








人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -