だからどうか、少しずつ。
「"はす"としてのお前に」
 自分が鬼姫であったことを忘れてくれればいいと思った。
「忠告、してんだ」
 はすの茶色い瞳が驚いたように見開かれる。至極珍しいものでも見るようにぱちぱちと瞬きを繰り返しながら土方を見上げ、それからゆっくりと言葉の意味を咀嚼してうるりと瞳を潤ませた。泣いてしまいそうなその表情に先程の息苦しさは簡単にぶっとんで代わりにどきりと心臓が高鳴る。なんだか思わず抱き締めてしまいたいような衝動にかられて手が伸びかけたが、危ういところで自制してその衝動をねじ伏せた。柄にもない。
 きゅ、とはすの小さな手が太ももの上で着流しと一緒に拳になる。着流しに皺ができる程、その手が白くなる程力強く握り締めてかたかたと震える。地球人は優しいと思った。優しすぎると思った。鬼姫は殺人道具。ただのお人形。それなのにどうしてそんなに優しくしてくれるのですか、人間なんて称号とうの昔に紛失したというのに。
「もう少し恥じらいを持て」
「…努力、します」
 言いながら至極難儀そうにはすが表情を歪めた。



「そういや気になってたんだが」
 すぱすぱ煙草を吸いながら、隣で女中の持ってきたお茶をすするはすを見やってなんとなく思い出したことを口にする。次に会う機会があれば聞こうと思っていたのだがその出会い方が強烈すぎてすっかり忘れていた。土方は短くなった煙草を最後にもう一口だけ吸うと足元の灰皿でもみ消し、一度肺へ取り込んだ煙を吐息と一緒に吐き出して不思議そうに小首を傾げているはすへ向き直った。それから少しの間をおいて
「"認識"ってのはなんなんだ」
 そう一言。
 直々に地球へ出向いたキアと名乗った統率者は、鬼姫の保護を頼む祭に始終それを気にしていた。その口振りから重要なことだというのは解ったが意味自体は聞けず了い。狩殺からは多額の援助を受けているだけに何か手違いがあっても非常に困るわけで、"認識"の意味が解らず鬼姫が死にました。なんてことになったらとりあえず江戸はなくなるだろうなあとか他人ごとのように考えた。
 当のはすはそうですね、と呑気に言いながら畳へ視線を落としてお茶を一口飲み下した。それからなるべく簡潔に、解りやすくするために少しだけ考えるような素振りを見せつつもう一度湯飲みを口へ運ぶ。


 








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