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黒いレースで飾られたピンクい紐パンだなんて誰の趣味だ。 「あの、何か問題でも、」 至極怪訝そうに小首を傾げる鬼姫に思わず絶句、何か問題でもって今し方此処で裸体になりかけたこと以外に何があるんだという悶々とした土方の脳内が解るわけもなく。とりあえず上着を羽織っていろ、と無理やり真っ黒なそれを前方から肩にかけて応急処置をし、女中を呼びに部屋を出た。
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お手数をおかけしました、と言う鬼姫に帯を適当に結び付ける。和服を着たのが遙か昔だということですっかり着付け方を忘れてしまったらしく、仕方なしに土方が着せているところだった。先程よりもそれなりに、自分の男物の着流しではあったが女のそれらしく着付けてやる。恐らく傷に障らないようにとあの状態になったのだろうが、女中が言うには傷口自体は大方塞がっているとのことだったので帯はしっかり締めてやった。 「…やっぱりでかいな」 端折りを作ってもずるずるとひきずる裾に、手のでない袖口。どこの萌え系キャラクターだと言いたくなるようなそんな風貌に思わず吐息した。致し方ない、女物でもこれだけ小さければどちらにしろサイズはないのだから。それに此方の都合で借り物を血で汚すのは申し訳ない。 「名前ははす、だったか。何時もああなのか?」 「…ああ、とは」 「着替えだ」 「はい」 ぽろ、と口にくわえる予定だった煙草が指からすべり落ちる。 「私を雇ったどの方も入浴や着替えなどは自分の目の前で、と。ですから、何が問題だったのかと」 よく解らない、といった様子のはすに思わずがくりとうなだれる。刷り込み、というのか、仕事の度に人前での着替えを強要されていればあれは当然といえば当然の行動だった。何年もの間繰り返し繰り返し刷り込まれたそれがこの二日間で簡単に抜けるわけがない。いつも通りの言葉遣い。いつも通りの行動。いつも通りの、"鬼姫"。 「…兎に角、だ。人前でおいそれと脱ぐんじゃねえぞ」 「それは命令、ですか」 即座にそう切り返されて思わず一瞬言葉が喉に引っかかる。その空っぽな瞳に、声音に、言葉。に。ぎゅっと胸の奥が息苦しく収縮した。その言葉が当たり前になってしまったはすがなんだかどうしようもなく悲しくて。 「…違う。俺はただ、」 わし、と茶色い髪を土方の大きな手が無遠慮に撫でる。ぽかんとした表情でこちらを見上げてくるはすはそこらを歩き回っている年頃の女と何も変わらなくて。
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