ほんの僅かに感情の破片が残留しているだけなら、すべて消えてしまった方がましだ。何も、感じなければ。悲しむことも、苦しむことも、ない。泣く必要も、自分の存在を何かに頼る必要も、なくなるのに。
「私は、守りたいだけ。だ」
 細く言って腕に力を込める、ぎちぎちと不穏な音をたてる関節と筋肉は無視をした。ぼたぼたと血液が体外へ流れ出ていく感覚、傷が塞がれたことで元の量に戻りつつあった血液が再び消費される。ばっくりと腹の傷が包帯の下で開いたような気がした。
「はす!!」
「えっ、」
 ぎゅっと背後から体全体が力強く抱きしめられる感触に思わず目を丸くする、突然起こった事態を収拾出来ずに座り込んだまま中途半端に呟いて固まった。短時間でも一緒にいたために嗅ぎなれた甘い匂いが鼻を撫でる。背中から伝わる暖かい体温に、ひどく落ち着いて。
「よお。さっきぶり」
 言いながら赤い双眸を睨みつつ"洞爺湖"と書かれた木刀がはすを庇うようにナギへ突きつけられる。しっかりと大きな左手が華奢な右肩を抱き込んだ。相当走ったらしい木刀を掲げるその人は、疲れたように荒く吐息しながらにやりと笑った。ひくりとナギの頬が僅かに引きつる。
「お家の無い子は、いらっしゃい」
 荒い呼吸のなかに、細い声で忍ばされたその言葉がやんわりと耳朶に突き刺さる。それは、未来永劫。はすの救いに成り得る唯一の言葉だった。優しく低い声音はどこか懐かしい。それは、いつかの大切な人に似ていた。探してももういない、大切なその人。
「帰れる場所をあげましょう」
 その、瞬間。くしゃり。とはすの顔が歪んだ。ゆらゆらと茶色の瞳が揺れる。
「帰るぞ、"一緒"にな」
 ぎゅっと傷だらけの小さな手が応えるように銀時の着流しを強く握った。
「てんめゴルァアア!!!」
 ズガガガガ!!と大声と共に盛大な音をたてながらナギの足下へ鉛弾が大量に撃ち込まれる。一見和傘に見える物騒な銃を民家の屋根からぶっ放した神楽は、ナギがその場から飛び退くのを見届けると一目散に木刀を掲げた銀時へダッシュした。思い切り屋根から飛び上がって、踵落とし。
「ぎゃあああ!!?」
 断末魔のような悲鳴が辺りに木霊する。後頭部を両手で押さえつけて悶絶する銀時を横目に神楽がその腕からはすを引ったくった。ぎゅっと抱き寄せてからどこか軽蔑するような視線を銀時にくれてやる。


 








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