「どこネ駄眼鏡!!てめえそのビン底眼鏡でしか見えませんとか言いやがったらぶち殺すからな!!」
「なんでだよ!!今時いねえよビン底眼鏡なんて!!」
「新八ィイ!!眼鏡貸せェエエ!!!」
「あんた何で真に受けてんだァア!!」



「――あ」
 そう一言呟いただけでそれ以上なにも出来ずに思い切り地面へダイブする、急速に力を失った体は前のめりに傾いで走っていた勢いのまま硬質な地面をすべった。受け身もとれない無様な姿でがりがりと激しく皮膚を削る。
「げほっ、」
 衝撃で詰まった息を吐きだして盛大に咳き込むと肺が飛び出そうな妙な感覚に陥った。ひりひりと擦りむいたらしい頬が痛む。立ち上がるために地面に手をつくとぎしぎしと関節が悲鳴をあげた、構わずに立ち上がればぐらぐらと軽く起きた目眩で世界が揺れる。
「噫もう、」
 疲れたように呟いて聴覚が拾った音へ忌々しげに舌打ちし、此処を早く離れようと足を踏み出すと再び急速に力を失って地面に倒れ込んだ。地面にまともに体を打ち付けてずきずきと体中が痛む。ぐらぐらと更に激しく、世界が揺れた。
「鬼姫」
 その、声に。ひくり、と倒れ込んだはすの肩が揺れる。
「どうして逃げる"かなあ"、鬼姫」
 標準語で問いかけられた言葉に警戒心を高めて首を捻り、無理やり動かない体を動かして背後を振り返る。地面に両手をついて上体を持ち上げるだけで異常な体力の消費を感じた。その格好で座り込んだまま、それ以上体を動かすことも出来ずにかすみだした瞳で相手を射抜く。いない、と思ったら。やっぱり逃げ出していた。
「…ナギ」
 青い肌に、真っ赤な双眸。何にも染まらない真っ黒な髪と、黒光りする異国の服。たった独りで立っている狩殺族の斬り込み隊長はにやにやと笑顔を顔に貼り付けながらわざとらしい溜め息を盛大に吐き出した。
「どうして逃げるかなあ、俺たち以外に誰もお前なんて認めてくれないのにさ」
 ゆったりとした口調で、それにそぐわない言葉をひとつずつ吐き出す。頬を歪めるはすを楽しそうに眺めてくつくつと引っかかる笑い声を喉の奥で木霊させた。がりがりとあまり自由のないはすの右手が地面を引っ掻く。
「…認めてもらえなくていい」
 絞り出した声は掠れていて、哀愁が染み付いていた。中途半端に残った感情は悲鳴をあげた。毎日を赤く塗りつぶしても感情はすべては死に絶えなかった、薄っぺらくなるだけで消失はしてくれない。


 








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テーマ「人外ファンタジー」
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