「ですから、神楽さま――」
 あまりにも優しい、声音だった。自分は道具でしかないと自覚しても尚、この少女は気高い。はすの呟いた一言に思わず神楽が固まった。
 ふわ、り。
 僅かに風が前髪を揺らす、気付いたときには既にはすの姿は和室に移動していた。銀時たち三人が状況を把握した頃には和室の窓が開け放たれている。にこり、とはすが笑った。それは綺麗だなんて言葉じゃ言い表しきれないような笑顔で。
「ありがとう、神楽ちゃん」
 窓に手をかけて優しく囁く。敬語のとれた、その言葉は。

「嬉しかった」

 それを合図に華奢な体が外へ飛び出す。重力に負けて落下、する。誰も居間から和室への僅かな距離を走りきることが出来ない。にこりと笑ったはすの顔が妙に脳内へへばりついた。
「はす!」
 一拍遅れながら銀時が走り出して窓に飛びつく。けれども華奢な体は既に落下しきっていて伸ばした腕ははすの腕を掴むこともなく空を掻いた。半ば勢いで同じように飛び降りようとする銀時に新八がびくりと体を震わせる、すんでのところで追いついて着流しをひっつかむと思い切り室内に引き戻した。畳の上に転げ落ちた銀時ははすの腕が掴めなかったからなのかすっかり青白く血の気が引いていて。神楽は相変わらず居間で固まったまま突っ立っている。
「銀さん落ち着いてください、」
 たかだか二階から転落しても死にはしない。運が悪ければ多少骨折をするとかその程度だ。"人間"でも。
 新八は小さく吐息すると、それきり黙り込んでしまった銀時から離れて窓に身を乗り出して真下を覗き込んだ。とりあえずはこの万事屋から出る前にはすのむかった方向を把握しておく必要がある。あんな風に最期を告げられてしまっては後味が悪いし、それに放ってはおけない。
『ですから、神楽さま――』
 はすの言葉が頭の中で反芻する。それを言った自分も神楽と同じくらい悲しそうに頬を歪めて。
『私と、仲良くなっては駄目です』
「はすさん!」
 既に店の下にはいなかったので見つけられるか心配だったが、時間の経過がなかったので簡単に見つけることができた。それでも小さくなった後ろ姿はぴょこぴょこと屋根の上を飛び跳ねている。はあ、と安堵の息を吐くとどたどたと物凄い音をたてながら銀時と神楽が窓に飛び付いた。


 








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