――ぼだぼだっ。

 重ったらしい音をたてて赤黒い血が足元に広がった。粘ついた光の反射にああ重症だなんて無関心に思ってみたりする。手当てが必要かもしれなかったが、どうでもよかった。どうせ放っても死にはしないのだ、痛いだけ。それも痛覚を追い出してしまえば別に気にもならないのだけど。
 自分の体だからといって大切なわけでもない。もとより、自分は傷付くために作られたのだから。傷付き傷付け、私はそれ以上の存在価値を持っている?
「持ってない」
 呟いて思い切り地面を蹴る。力を入れたためすっぱり斬られた腹から再びばだばだっ。と大量に血が落ちた。このままじゃ死ぬかもしれないなあとか頭の片隅でぼんやり考えながら、それでも死ぬことに大して悲しみも浮かばなかった。どうでもいい。どうせなら死んだ方がきっといいんだ。
 "あの日"から自分の感情はぷっつりと途切れてしまってもう上手く悲しいや嬉しいを表現できなくなっていた。人形の様に淡白な表情が貼り付いたまま剥がれない。でもそれでいい。感情がなければ、もう二度とあんなにも痛い思いをしなくてすむのだから。



 適当な路地裏に入り込んで過剰労働をさせた心臓と肺をゆっくり休ませる。民家の壁にもたれてずるずると座り込み、ずきずきと疼く腹を無視してぼんやりと空を見上げた。その間にも体内の血液は外へ流れ出ていたが別段気にするでもなく放置する。
「今日…満月だった…」
 細く呟いて吐息する。
 別にいい。そんなこと気にもならない。ただ傷口が今日中に塞がらないだけ。我慢をすれば、いい。慣れているのだから。

「よく逃げたなぁ、"鬼姫"?」

 関心した様な軽蔑する様な、捉えどころのない間延びした声に空を眺めていた目をそちらへ向けた。"鬼姫"と呼ばれた少女は未だに民家へ体を預けて座り込んだまま、ゆるゆると視線を動かして声の主を見やった。茶色い瞳をきょろりとさせてその後ろに佇む十数名の天人を瞳に映す。
 どれも、同じ。碧い石が装飾されたものとノーマルな長剣を二本ずつ帯刀し、真っ黒な髪に真っ赤な瞳と死体よりも血色の悪い真っ青な肌。髪と同じくらい黒くてらてらした衣服が、今いる路地裏の先にある大通りを忙しく歩く人々とは全く違うことを示していた。その事実が彼らを異国の者だと白々しく物語っている。にやにや笑う先ほどの声の主が先頭にいることで、年齢こそ下ではあるが他の天人より格上であることを知らしめた。
「鬼姫、外は楽しめたかや?久しい地球はどうだった」


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