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じわりと茶色の瞳が滲む。その時の彼女の顔はきっと忘れないだろうななんて妙に冷静に考えた。完全無欠な無表情を崩してぽろりと一粒だけ泣いた小さな彼女を。震える声も、吐息も、子供さながらに歪んだ表情も、きっと忘れられない。 「…ありがとう、ございます、」 嗚咽を飲み込みながら吐き出されたその言葉は、きっと何よりも正直なはすだと思った。
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少し無理をさせすぎたかなとか半ば自身を責めるように反省をして溜め息し、腕の中でくったりとして動かないはすを見つめた。疲れて細められた瞳は焦点があっているようには見えず、時折激しく咳き込んでは血を吐き出していた。血色はもう青白いなんてものではなくどうして生きていられるのか不思議なくらい白くなっている。僅かに温もりの残っていた体温もすでに冷たくなっていて。早くなんとかしなければ。このまま、死ぬかもしれない。 (おい頼むよ…) 柄にもなく、動揺していた。死んでなんてほしくなかった、親しくもない脆い間柄でしかないけれど。善意でもきれい事でもなく、自分の意志で、どうしても。…死なないでください。 「銀時さま、」 「おお、どうした…?」 「病院へ行く必要は、ありません」 「はっ…?」 はすの言葉に思わず絶句する。急速な心拍数の上昇。必然的に引きつった頬に嫌気がさした。もしかしてもしかして。ぐるぐると嫌な想像が頭の中で展開される。――死んでしまう、のだろうか。 「何言って、行か、ねえと、」 焦燥感。恐怖にも似た、動揺。それはもう異常な程手が、震えていて。嫌だ。と心は訴えるのに、自分は彼女を救う術をひとつも知らない。 「大丈夫です、私は――」 今まで聞いたどの声音よりもずっと優しい。苦しいも辛いも綺麗に取っ払われたようなそんな響きが、じんわりと銀時の耳朶に染み込んで。
「"絶対"に、死んだり、しません」
思わず一瞬動きが止まる。冷静さの欠片さえ砕けた脳内に、強くゆっくりと言われたその言葉が妙に反響したような気がした。 「…絶対、に、?」 どこか確かめるように呟いて真っ白な顔を覗き込む。にこり、とはすが笑ってくれたような気がしたのは錯覚なのだろうか。 「絶対に、です、」 優しく言った瞬間、ぐっと表情が歪む。ずきずきと激しく傷が痛み出したのか冷や汗が白い頬を伝った。
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