カサリと音を立てた書類の山に目眩がしそうだった。
王族は楽だと思われがちだが、実際楽なんかではない。
寧ろ目が回りそうな位忙しい、とセレスは溜め息をついた。
王族と近衛団長、それから祭祀やら元老院やらが集まって開かれる会議。
勿論国王の妹である自分も参加しなければならない。
隣国の状況だとかなんだとか、さして濃い内容でもないくせにダラダラと長引く会議は退屈で仕方がない。
空腹もあってか、段々と憂鬱な気分になってくる。
ふと、そこで視線を感じ、顔をあげた。
そのままキョロキョロと辺りを見回す。
すると、兄の隣に佇む護衛と、ぴったり目が合った。
凛とした立ち居振舞いから、早くも厚い信頼を寄せられるようになった彼は、相も変わらず見惚れてしまうほどの秀麗さで。
思わずそのワインレッドの瞳をじっと。見詰めてしまっていた。
しかしそのまま見詰めていても、彼は一向に眼を逸らさない。
暫く見詰めていると、ふとその人はふわりと微かに微笑った。
周りの者達には気付かれないであろう小さく、その端正な顔立ちに似合ったとても柔らかな微笑みを。
思わぬ不意討ちに、顔に血が集まるのを感じて、慌てて眼を伏せた。
そのままジッと、ふわふわとウェーブしたスカートを握り締める自分の手を見詰める。
『──お兄様は、彼を嫌っているんですの?』
そういえば以前、何処と無く不機嫌な顔をした兄を連れ出して、そう訊ねた事がある。
すると兄は、はあ?とあからさまに顔をしかめてからふと、眼を伏せ黙り込んだ。
やがて、この世に存在するすべてを嘲るように、暗く静かな笑みを浮かべた。
『へえ、お前の目にはそう映ったのか、まあそっちの方が都合が良いかもな』
酷薄な笑みを浮かべた兄に、ゾッと背筋が戦慄いたのを、今でも憶えている。
否、アレはきっと生涯忘れることはないだろう。
そう思えるくらい、その時の兄は恐ろしかった。
ちらり、と誰にも気付かれないように兄に眼を向ける。
面倒そうに頬杖を付いて書類に眼を通す彼に、あの時の面影は微塵も感じない。
それでもあれ以来、ずっと兄は恐怖の対象になってしまった。
普段はおちゃらけている。
だからこそ、誰も兄の暗い部分に気付けていないのでは、と。
ふと、兄が顔をあげた。
そして兄と互いに目があってしまう。
偶発的に重なってしまった視線に、慌ててで眼を逸らした。
く、と僅かに唇を噛み締めれば、背筋にジワリと冷や汗が浮かぶ。
兄を見るのが怖い。
視線を合わせてしまえば最後、我を失ってしまいそうだった。
何にここまで恐怖しているのか、自分でも解らない。
言うなれば、本能的な恐怖。
一度身体に染み付いたそれは、簡単には拭えそうになかった。
だからこそ、眼を伏せていたというのに。
そこで気付いてはいけないことに気付いてしまった。
視界の端、あの方の隣で、兄がニヤリと口の端を吊り上げたことに。
「──それでは、今回の議会はこれにて──……」
瞬間、つんざくような悲鳴が鼓膜を裂いた。
to be continued,