幼い頃から、クラトスは自らの容姿が疎ましかった。
アールグレイの髪、ワインレッドの瞳。
どちらも血に染めたような色をしていて、どうしても穢らわしく思えてしまうから。
赤い目を持つ子供は悪魔の子だと蔑まれた。
幼少の頃もそう。
災厄を呼ぶ、近寄るな、いつも大人たちの目はそう訴えていた。
只、クラトスの貴族という肩書きだけが、幼い彼を護っていた。

しかし、彼女は違った。
クラトスの髪や眼の色をじっと見つめて、ただ一言、綺麗ねと笑った。
その一言に、救われたのを良く憶えている。

『綺麗ね、羨ましい』

『災いなんて、呼ばないわ』

『こんなにも暖かな色をしているじゃない、』

瞼を閉じれば、彼女の笑顔が暗闇に浮かぶ。
この旋律を聴けば、彼女の声が耳に蘇るような気がした。

『この曲、貴方が作ったの?』

『題名が無いなら、私がつけても良いかしら』

『本当?なら、この曲の名前は──』

「またそれを聞いてんのかよ」

そこでふと、クラトスは閉じていた目を開いた。
振り返れば、毛先だけが巻いた赤い髪の青年が視界に飛び込んでくる。
その自分とは違う夕焼けの様な眩しい赤に、思わずクラトスは目を細めた。

「……国王陛下、」

呟くように溢すと、途端に返ってくる深い溜め息。
腰に手を当てながら吐き出されたそれに、クラトスは眉を寄せた。

「ゼロスで良いって言ってるでしょーが」

そう言いながら首を振られ、僅かにクラトスの背筋が傾いだ。
これは彼の癖だった。
少しでも苛立つと、彼は伸ばしていた背筋を崩してしまう。
それを見とめたゼロスは、少し冷たくなった視線を受けて静かに冷や汗を流した。

「……はいはい、俺様が悪ぅ御座いました」

「……別に、悪いとは言っていない」

「お、口調はそれで良いんだ」

「今は私とお前しか居ないからな」

クラトスの言葉の矛盾に気付いたゼロスは、それでも目を伏せるだけに留めておいた。
口調は崩しても呼び方を変えようとはしない理由。
それはクラトスなりの線引きであるということを察していたから。

そして訪れた沈黙。
重いわけではない、しかし何かを話していないと気まずいのは、まだゼロスとクラトスの間に距離があるからだろう。
何度も埋めようとしたその距離は、未だにクラトスが一歩引くことによって詰められていない。
いずれは、埋めてやりたいとゼロスは思っているが。

「……ホントに好きだな、そのオルゴール」

変わりに、先程言うか言わないかで迷った言葉を投げ掛ける。
誰も居ない回廊に、春にしては冷たい風が通り過ぎた。
つ、と話すことなくクラトスの赤い瞳をゼロスの碧い瞳が捉える。

「……ああ、」

十分過ぎるほど間を置いた声は、割に合わないほど短いものだった。
クラトスの無感動な目が、ゼロスを通り越すように遠くを見据える。
その仕草に、ぎゅっとゼロスは眉を寄せた。
つかつかとクラトスに近付き、その胸ぐらを掴んで至近距離で睨み付ける。
強制的にゼロスを見据えることとなったクラトスは、微かに目を見張った。

「おまえは俺を見てれば良い、俺だけを見てれば良いんだ」

「……」

「過去ばっか追ってたって、おまえの望むもんは何一つ帰ってこねえ」

「……陛下、」

「おまえだって、解ってんだろ?」

グイと胸ぐらを引かれ、鼻先が触れ合いそうなほど距離が縮まる。
澄んでいるわけではない、しかし全てが澱んでいる訳でもない不思議な色をした碧の目に見据えられ、クラトスは胸に黒く粘着質な何かがドロリとへばりつくのが解った。
そっと懐中時計を手にしていない方の腕を持ち上げ、ゼロスの手首に指を乗せる。
静かに目を閉じれば、ゼロスはゆっくりと手を引いていった。
ゼロスの表情が、納得がいかないように翳っている。

「……すまない、」

「……」

「解っているのに、繰り返してしまうのだ、……私は」

解っているのに、過去を振り返ってしまうのだとクラトスは顔を伏せる。
サラリとアールグレイの髪が重力に従って、クラトスの表情を隠す。
同じ様に俯いたゼロスは、ぎりと奥歯を噛み締め踵を返した。
バサ、とゼロスの纏う服が風を孕んで翻る。

「──とんだ加害者だな、……私は」

遠ざかっていくゼロスの背中を見詰めながら、クラトスはポツリと呟く。
過去を振り返ることは、誰にだってあることだろう。
しかしクラトスには、今を共に生きてくれる人が居ると言うのに。
いつまでもズルズル過去を引き摺っているなんて、惨めに思えて仕方がない。
それでも、追憶を止めることは出来なかった。

「今の私を、おまえは愚かしいと笑うか?」

ザア、と木々を揺らした風が、クラトスの髪を巻き上げ浚っていく。
風によって揺れた若葉は、クラトスの足元の影に小さな木漏れ日を生んで、また消えた。


to be continued,
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