※公立高校設定
「あ、久しぶり」
「郁?」
「うん。」
「久しぶり。元気してた?」
色気のない飲み屋で女が一人。偶然にも出くわしたのは、
「それなりにね。君は?」
「それなりに。」
私が駆け抜けた青春に欠かせない人物だ。
「ねえ、僕たち付き合わない?」
「いいんじゃない?」
確か、こんな感じの告白だった。
いつも一緒にいたから恋愛なのか友愛なのかの区別が付かなかった。それくらい幼かったと思う。
バカみたいに話が合って、お互いちょうどいい距離を知っていた。
不思議な恋人だった。
「デートしよっか。」
「騒がしいところ以外でね。」
周りは遊園地だとか大型ショッピングセンターなんかが流行りで、でも私はそういう場所が苦手だった。郁は諦めたように笑いながらどうしようかと私を見つめる。
「海」
「海?」
「うん」
「なんでまた」
「人少なくて綺麗な海があるの。見る価値はあるよ。」
「...君らしいね。」
「好き?」
「そりゃね」
私の願い通り海まで二人で行った。
定期でぎりぎりの駅を降りて、レンタル自転車に二人乗りして、途中のアイスクリームカーに寄ってアイスクリームを食べた。
味は何だったっけ?ああ、確か郁はチョコミントだったと思う。
それからまた自転車を走らせて海に向かったんだ。波打ち際ではしゃいで夕焼けを見つめて、綺麗だねって言って、
「キス、したんだっけ?」
「は?」
「いや、青春思い返してた。」
「海行ったときの?」
「そうそう。何で分かったの?」
「そりゃね、キスなんてしたのそこだけだしね?」
「...そっか。」
私も彼も必要以上に触れなかった。手を繋ぐのはしょっちゅうだったけど、キスなんてその一回だけ、セックスなんてしてない。
別れを切り出したのはどっちだったかな、でもあっさり別れたのは覚えている。
「なんか、お互い余裕こいてたけど案外いっぱいいっぱいだったのかもね。」
「ははっ、笑っちゃうよね。」
「私、けっこう真面目に好きだったよ。」
離れて分かったんだ。
手が寂しいなって思い始めたんだ。
そしたら泣きたくなったんだ。
私たちは幼かったんだ。
「ねえ、デートしようよ。」
「今から?」
「もちろん。」
「どこに?」
「内緒」
伝票は奪われた。ついでに手も奪われた。郁に手を引かれるまま車に乗り込んだ。そういえば烏龍茶飲んでたな。
「ちょっと何?」
「まあまあ」
車に乗せられて数十分懐かしい風景が私たちを出迎えた。
「海」
「アイスクリームは流石にないけどね」
「チョコミント」
「よく覚えてるね」
「好きだったからね」
ヒールを脱ぎながら砂浜を歩く。
「君はカフェモカだったよね」
「よく覚えているね。」
そうそう、私はカフェモカを食べたんだ。忘れてた。
「好きだからね、覚えてるよ。」
「は?」
「好きだよ。あの頃から」
きっと赤くてマヌケな顔をしている。
「あのさ」
「ん?」
「私けっこう飲むんだよね。」
「うん」
「飲み過ぎると泣き上戸でさ、けっこう愚痴っちゃうんだよね。」
「うん」
「で、吐いちゃうの。」
「うわー...」
「こんな女になっちゃったけどいいの?」
「うん。」
「そっか」
「うん」
ずっと昔からある心のささくれが取れて引っ掛かっていたものが落ちて溶ける。
「郁」
「なあに?」
「好きだよ。」
「付き合ってくれる?」
「もちろん」
波打ち際でキスをした。
それが答えだったの
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