白魚の手


「クジラが見たい。」

近場のレンタルビデオ店で何を借りるか吟味していると、隣にいた琥雪が突拍子もないことを僕に言った。ガラス玉みたいなアメジストをきらきらとさせられては、僕はその願いを叶えてしまいたくなる。
しかし、クジラは水族館にはいない。どうしたものか。

「レンタルしよっか。」

ある一頭のクジラを追ったドキュメント映画は、ありきたりな物だった。日本語版じゃなかったから字幕入りで僕はぼんやりと見ていたけど、琥雪はちゃんと観ていて、クジラの鳴き声にひどく落ち着いているようだった。

生まれたばかりのクジラは母親が呼吸の仕方を教える。けれど、ビデオの中の生まれたばかりのクジラは母親が手助けするもうまく呼吸ができない。結局、呼吸ができないまま、小さな白い腹をみせて暗い海の底に沈んでいった。それを追いかけて潜っていく母親が何を思っているのかわからないけど、なんとなく、胸が締め付けられるようで、たまらなくなって、琥雪とつないでいる手を強く握った。琥雪も少し痛いくらい握り返してくれた。

「なんとなく、郁の気持ち、わかるよ。」

ああ、この締め付けられるような、たまらない気持ちを、きっと愛と言うんだろう。愛しさが溢れて、これ以上溢れて、なくなってしまわないように、糸で縫い合わせて締めるんだ。

140922



  
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