行方不明の心臓
「お、琥雪。」
「…犬飼」
久しぶりに部活の無い放課後、昇降口に向かえば琥雪が居た。
「帰りか?」
「うん。」
「じゃ、一緒に帰ろうぜ。」
「いいわよ。」
相変わらずの口調と淡い雰囲気。ああ、まだ好きなのかと内心苦笑する。
あの手探りの恋愛を懐かしく思った。
「久しぶりに名前で呼んだのね。」
「え?」
「琥雪って」
「あ、悪い。」
「別にいいのよ。」
無意識に名前を呼んだらしかった。あの屋上から琥雪を星月と呼ぶようにしていたのは俺なりのけじめのつもりだったんだけどなあ。
呼んでもいいなら、何度だって呼びたい。繰り返し、繰り返し、あの日々の中で呼べなかった分。
「まあ、けじめがついてないなら任せるけど。私を琥雪って呼ぶのは他にも居るんだから。」
「知ってたのかよ…」
「利用してたとはいえ、本当に好きだったのよ。分かるわ。」
「敵わねぇな。」
琥雪が笑う。夕焼けがそれを引き立てるものだからどうにも切なくなる。
「なあ、」
「ん?」
「琥雪って呼んでもいいか?」
「今更。」
「まだ、お前を好きでいてもいいか?」
騒がしいはずの裏庭がいつもと違って静かだから、俺たちが世界に取り残されたような気分だ。
行方不明の心臓120616