エデンに消えた爪痕




僕には彼女はあまりにも不確定で不安定にみえた。通り雨の後の虹、降っては消える淡雪、流星の軌跡。とにかく儚い人だと漠然たる印象をうけた。



白くて小さな花が群生している場所は僕たちが初めて出会った場所だ。彼女はよくそこにいて、時々眠っていた。眠る姿は花で飾られた棺のなかの死人のようで、恐くなったのを憶えている。

「また、あなたは…」

今日は眠っている日。
色づく唇だけが生気を帯びていた。

「ここだけ、ひんやりしてるの。」

瞼は閉じたまま口だけを彼女は動かした。どうやら起きていたらしい。

「また、お説教?」
「そうですね。これで何度目でしょうか、僕が琥雪さんを叱るのは。」
「その答えはいたってカンタン。青空と私がここで会った回数分。」

このやりとりはこの季節限定の日常だ。結局、僕もその群生に隠れる。

「涼しいですね。」
「避暑地だから。」

白い指先が白い花冠をつくり始めた。琥雪さんは器用で何事もそつなくこなす。以前に「魔法の指みたいだ」というと、彼女はくすり と笑って、「魔法の指なら皆がもっている」と、さも当然のようにいった。
僕の指は魔法をもっていないらしい。僕の指は壊れた音楽をつくる。ガラクタだ。


「できた。」

完成した花冠は僕の頭にのせられた。

「…ありがとう、ございます。」
「青空の指は未完成のオルゴール。」
「え…?」
「青空の傍らにいる人たちが楽譜をかいて、油をさして、ネジをまく。…ああ、でも傍らにいる人たちのばかりじゃツマラナイから、たまには反抗するといいかもしれない。」

彼女は聡いから、思考がよまれたのだろうか。
ガラクタではなくて、未完成。
要するに見方を変えろ、といっているのか。

「ふふ、意外と不器用なんですね。」
「…」

琥雪さんはそっぽを向いて頬を薔薇色に染めていた。

「そうそう、その花はこの地方にはいないけど、青い鳥が好むみたい。」






エデンの青い
それはあなたかもしれない。







110418


  
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