泣かない猫と音の無い鈴
愛だとか恋とかがよく分からなくなってきた。すべてが偽りに思えてしかたがない。それなのに、あの子だけがそこに確立している。
どんなに女性と付き合っても、どんなに抱いても、ふとしたとき襲ってくる虚無感が、必ずと言っていいほどあの子のことを色濃く思い出させる。
ああ、僕らしくないな…。
「郁、どうかしたの?」
「ううん、何も。」
今の彼女は雰囲気がどことなくあの子に似ている。無意識にやっている自分に苦笑する。
彼女の髪は黒。あの子は翡翠。
彼女の瞳は茶。あの子は紫。
彼女を抱き締めるときつい香水のにおいがするけど、あの子は澄んだ甘い水みたいなにおいがする。
どちらからともなくキスをするとそれが合図かのように2人がベッドに沈む。
彼女はあの子じゃない。
そんなことわかってる。密事の時すら彼女にあの子を重ねてしまう。僕は本当に末期だ。
あの子は真っ白で、僕が触れたそこから黒く染まってしまいそうに思える。一滴の黒いシミさえもつけたくない。汚したらいけない。
君は触れるのを躊躇ってしまうほどに、白くて儚いんだよ。
琥雪
110125