それは、俺が高校1年になったばかりの頃。 俺は、クラス内で溶けこむことは愚か真逆であるイジメにも似た行為を受けていた。 別にそれくらいならいつものことだし、気にしては居ない。
二次元の世界ではよくある体育館裏とか、体育倉庫に呼び出されてボコられるなんてもう日常茶飯事だ。
「如月―放課後いつものとこなー。」
そう言って来るのはいつもの奴だ。 名前なんて知らないし、知りたくもないし、どうでもいい。 しかし、いかなかった場合とても厄介なことになるのでいつも律儀に行っている。
放課後、それは友人と帰ったりする時間だ。 しかし、友達なんてものが居ない自分には関係がない。
「いっつも律儀に来てさー、本当、天才くんは違うねー。」
「来いって言ったのお前らだろ。 そんなことも覚えられないほど馬鹿なのかよ。」
そう言えば、案の定そいつは怒りに震えた。 仲間に合図をして、俺の手を後ろで縛る。
「口だけはいつも達者な天才くんには、一度痛い目にあってもらったほうがいいよね。」
にやけながらそういうクラスメイトに、これから来るであろう痛みに耐えるように奥歯をぎゅっと噛みしめる。
「見える所には暴行すんなよ。」
リーダー各の男がそう呟くと、まずは脇腹に一発蹴りを食らう。 手を後ろで縛られて居る為に抵抗ができずにまともにくらった蹴りに表情を歪ませている俺を愉快そうに見下ろすクラスメイト達。
「痛そうだなぁ、天才くん。」
そう言いながらも、殴る蹴るという暴行を止める事無くし続けるクラスメイト達は笑う。 まるで、こうしていることが喜びであるが如く。
そして暴行が10分程続いた後、クラスメイトは満足気に俺の手を拘束していた縄を解いて体育倉庫を後にする。
「如月―明日もここな。」
ニッコリとそう告げたリーダー各の男は何もなかったかのようにその場を後にした。
「帰らないと……」
そう呟いて、俺は立とうと力を入れるが痛みのせいで立ち上がることが出来ない。 下校を告げるメロディが鳴り響いているのに、立ち上がる事も出来ない。。
時期は冬で、今日は特別冷えるとされる夜の体育倉庫は驚くほどに寒い。 それなのに自分は痛みで立ち上がることさえも出来ないまま意識はぷつっと途切れた。
時刻は夜の9時、いつもの通りアヤノは自宅にて宿題をしていた。 そんな時、携帯電話が音を立てる。
「あれ……モモ……ちゃん?」
電話の相手は私のクラスメイトで、友達の如月伸太郎君の妹さんだった。
「もしもし……、どうしたの?」
「あ、アヤノさん! 夜遅くにすいません! あの、お兄ちゃんが何処に行ったのか知りませんか?」
「……え?」
「学校へ行ったっきり、帰ってこないんです! 携帯に電話しても出ないし……」
電話越し、泣きながらそう言うモモちゃんに、アヤノはとある事を思い出していた。 “如月ー放課後いつものとこなー”と、クラスメイトに呼び出しをされていた彼の事を。
「……ごめん、行き先は分からないや。 でも、私も探すね!」
「お願いします……!」
モモとの電話を切り、直ぐに貴音先輩と遥先輩に連絡を入れた。 そして、高校の教師をしている父親にも、相談をする。
父親と共に、高校前に集合した私と、貴音先輩と遥先輩は白い息を吐きながら真っ暗な校舎を見つめる。
「アヤノちゃんの話によれば……放課後、クラスメイトに呼びだしされていたんだよね?」
「はい……でも、呼び出ししていたクラスメイトはいつもシンタローと話している子だったし……心配はしなかったんですけど……」
心配そうに俯くアヤノの肩に手をおいて遥は口を開く。
「うーん……本当に学校にいるのかな?」
「だってアイツ、寄り道するような奴じゃないでしょ。 まあ、居なくても他行けばいいし…… うーん、放課後の呼び出し……セオリー通りに行くなら体育館裏か、体育倉庫……いや、まさかそんな二次元じゃあるまいし……」
「まあ、とりあえず色々な先生に連絡は入れたからそろそろ鍵を持っている校長先生も来るだろ。」
「でも……ちょっとおかしいよね。 こんな時間まで学校で何をしているんだろう。 ――もしかして、自分じゃどうにもならない状況なんじゃ……」
遥がそういえば、はっとアヤノは目を見開いて祈る。
「アヤノ、落ち着け。」
父親がそう私を落ち着かせてくれるけれど、でも心配でどうにかなりそうだった。 だって、今夜は寒すぎる。 今だって雪がちらついているのに……そんな中で、制服のままなんて……風邪を引いていしまう。
数十分後、やって来た先生方と校舎内を名前を呼びながら探しまわる。 しかし、校舎内には人の気配はない。
最後の最後にやって来た体育館。 外側をぐるりとした後、中へ入る。 しかしだだっ広い体育館の中に彼は居ない。 恐る恐る、体育倉庫へと近づいて扉へ手をかける。
「開けるぞ。」
そう短い言葉を告げて、お父さんは体育倉庫の扉を開ける。 懐中電灯を持った先生方が体育倉庫へと入っていき、数秒後。
「――居たぞ!」
体育倉庫の一番奥、壁に持たれるようにして彼は居た。
制服の間から見える痛々しい痣、荒い息。 お父さんがおでこに手を当てれば、酷く熱く――
「救急車を呼べ! 今直ぐに!」
そうお父さんが叫び、上着を脱いでシンタローに掛けて抱き上げた。
「酷いっ……誰がこんなことを……」
アヤノがそうつぶやくが、犯人の検討なら付いている。
放課後いつものところで、と呼び出したあのクラスメイトだ。 しかし、今はそんなことよりもやるべきことがある。
その後、救急車で病院へ運ばれたシンタローを追って病院へ行く。 お父さんは先生方と今後の対応について話し合うそうだ。
「手に縛られた跡……って事は、縛られて暴行されたってことだよね。」
怒りに震える手、ごまかすように遥は熱に苦しむシンタローの頬に触れる。
「動けなくなるほど暴行するなんて……酷いよ……」
抑えきれない涙を拭くこともせずに、アヤノはシンタローの手を握った。
「ったく……相談してくれればいいのに……」
相談してくれれば、無理をしてでも私達がアンタを助けたのに。 そう思いながら貴音は拳を握った。
「酷く衰弱してるらしいし、大事を取って3日程入院だって。」
こんな、雪が降る程寒い日にあんな所に居たのだから仕方ないと言えばそうなのだろう。 そのことに関してはもう仕方が無いと遥は考えていた。
問題なのは、彼をこのような目に合わせた犯人だ。
「許せない……」
シンタローの手を握ったままのアヤノがそう呟く。
貴音も遥もその思いは同じだった。
「こんなの……ただの、犯罪よ……」
イジメという言葉は実は好きではない。 世間ではいじめとよく報道されては居るが、結局のところイジメという言葉で何もかもをカモフラージュしているようにしか見えないのだ。
暴行、恐喝、そう言えばいいものをイジメと言う言葉を創りだしてそう言えば、ただのイジメだろうという言い訳が通用するものになってしまう。 誰だってただの暴行だろう、なんて言葉は言わないからだ。
そして今回の場合、暴行なんてものじゃ済まない。 シンタローは、暴行のせいで動けずに今まで放置されてしまっていたのだから、これは殺人未遂にもなるだろう。 今日のこの寒い日に、体育倉庫なんて所に傷だらけのまま放置されたらどうなってしまうのか、犯人は考えなかったのだろうか。
「でも、私達がどうこうできる問題じゃないよね。 皆で犯人を問い詰めるなんて事は出来ないし……」
それに、そういう行為は先生の役目である。 生徒である私達が出張るわけにはいかない。 きっとお父さんたちが何とかしてくれる。
「……私達はただシンタローの傍にいよう。」
何事もなかったかのように、そばに居てあげよう。 それがきっといつかシンタローにとって幸せだと思う日がきっとくる。
「さて、今日はもう帰りましょう。 丁度先生も来たところだし。」
窓の外を見下ろしながら貴音は笑う。 その日、シンタローが目をさますことはなく、私達は各自家へと帰った。
次の日私はお父さんに頼み、学校を休んで朝からシンタローの病室へ顔を出している。 同じように学校を休ませてもらった遥先輩と貴音先輩も一緒に、シンタローが目をさますことを待っていた。
そして目が覚めないまま時刻はお昼となり、一度病室を抜けだしておひる得も食べに行こうかという話になった頃、お父さんは姿を見せる。
「貴音も遥も休みだからやること無くてなー。 事情を話したら病院へ行っていって言われたから来たんだ。 お昼行くんだろ? 俺が病室にいるから行ってくるといい。」
「あ、じゃあお父さんお願いね。」
アヤノは一言そう言い残し、先輩たちと共に病室を抜けだした。 小一時間ほと経って、病室へ戻りそーっと病室の扉を開ければ中からはお父さんと、そしてシンタローの話し声が聞こえる。
「ったく、イジメられてるならなんで言わないんだよ。」
「別に……いつものことです。 慣れました。」
「慣れるってことはねーよ。 ただ、傷つきすぎて麻痺してるだけだ。 それにあのままだったらお前死んでたかも知れねーんだぞ。」
「……その件に関しては、ご迷惑をお掛けしてすいません。」
「そういうことじゃねーよ。 ……ったく、お前はなんでこういう行為をされてるのに律儀に学校へ来るんだよ。 普通は不登校になるんじゃないか?」
「別に……辛くはないんです。 だって、俺にはあいつらが居る。」
そのシンタローの言葉に私達の鼓動は高鳴る。
「……アヤノと遥・貴音のことか?」
「俺は友達が出来た経験なんてなくて、帰り道誰かと帰る楽しさだって、買い食いして笑い合うことだって、お昼休み誰かと弁当を食べることだって、高校生になってから初めて経験しました。 お笑いですよね、そんなの、普通のことなのに。」
淡々と彼は話しだす。
「あいつらが初めてなんです。 俺の事を友達だって言ってくれたのは……」
スマートフォンに初めて入った友達のケータイ番号とアドレス、毎日それを眺めてはにやけていた。
「だからこそ俺は学校が楽しくなった。 学校でどんなことをされても、あいつらが学校に居るなら、俺はどんなことにも耐えられた。」
「お前……」
「大好きなんです。 あいつらが。」
暴力は確かに怖かったし、痛かった。 トラウマとは行かないかもしれないけど、でもそんな行為に何とか耐えられたのはあいつらのおかげだ。
「……大切なんです。」
そう言うシンタローの表情は一体どんな感じだったのだろう。 きっと、酷く幸せそうだったに違いない。
ガタッと、アヤノが手に持っていた荷物を床に落としてはっとお父さんがカーテンを開ける。
「……如月、御愁傷様。」
ニヤリとしながらお父さんはシンタローにそういう。 当の本人は、目を丸くして驚いた後、みるみるうちに顔を赤くする。
「照れたー!」
そんな言葉でシンタローを辛かって、そして数秒おいて笑い合う。
「そういえば先生、犯人はどうなったんですか?」
ふと、思い出したように遥が先生に問いかけた。
「結局、如月に暴行した数名が自主退学という形で決着付いた。」
「自主退学……?」
「ああ。 母親が学校に来て、生徒と話し合った結果だ。 最後の最後まであいつらは如月に対して謝罪の言葉はなかったが、母親が土下座する勢いでお前に誤ってたよ。」
ちなみにだが、シンタローからの強い要望により今回の件は母親とそして妹には言わない方向性となった。 今回の件は、シンタローがうまい具合にはぐらかしたのだ。
「そう……ですか。」
シンタローはそう呟いて、窓の外を見る。 その後、シンタローは3日程入院した後退院し、いつもどおりの生活に戻った。
一つ変わったことと言えばアヤノとシンタローの関係性だろうか。
あの後、アヤノはシンタローに対して告白し、シンタローは其れに了承して彼らは恋人という関係になった。
そして、シンタローがアヤノと共に音楽へと手を出したのだ。 アヤノが作詞で、シンタローが作曲。 ギターとベースも初め、そして記念すべき最初の曲がニコニコ動画へ投稿されたのは高校卒業した後のことだ。 貴音もまた動画制作技術を独自に身につけ、遥は持ち前の画力とセンスでシンタローとアヤノの手助けをしている。
そう、これはSATHが結成されるちょっとしたキッカケの話だ。
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