【後編】
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 その島の天気が回復したのは、2日後のことだった。 前日の雨がウソのようにその日は快晴となり、私達は医者に一言告げて山の上にある館を目指して歩き出す。
 目を覚ました男子たちにはできれば体調の観点から留守番してて欲しかったのだが、本人たちが行くといって聞かないためしょうがなくシンタローを除く皆で山を登り始めたのだ。
「ちょっと遥大丈夫?」
「大丈夫―。」
 そう言う遥の顔色は良いとはいえない。 当たり前だ、だってあんなことがあった後なのだから。
「全然顔色大丈夫じゃ無いじゃん……だから留守番しててって言ったのに……」
「女の子だけで危ない所になんて行かせられないよ。」
「そうそう!」
 遥の言葉にカノが同意し、セトもヒビヤも頷いて同意をしていた。 その男たちの様子に朧気に違和感を覚えているのは貴音のみのよう。
 そんな様子の男子たちと昇る山、小一時間ほどして見えてきたその異質な黒い館に貴音は目を見開いた。
「ったく、偉く不気味な館ね……」
「貴音さん、気をつけて進みましょう。」
「ええ、そうね。 ちょ、ちょっと遥! 男子たちはまだ狙われてる可能性があるんだから私達の後ろにいてよ!」
 慌ててそういう貴音だが、男子たちはその言葉を聞いてやけに楽しそうにこう言うのだ。
「ちょっと貴音ちゃん、それは聞き捨てならないよ! 確かに僕たちは狙われてる可能性があるけど、でも女の子を盾になんてできないし!」
「そーっすよ! いざとなったら俺達が守らないと!」
「ヒヨリは僕が守るからね!」
 いくらなんでもこれは違和感を覚えざるを得なかった。 しかし、その違和感はほんの少しのもので、彼らをこの館から遠ざける程のものではない。 乗り気で館に向かっていく男子たちの背中を虚しく追いかけていく貴音達の表情はとても怪訝そうで。
「あ、扉開いてる!」
 遥が館の扉の取っ手を掴み手前に弾いてみると、その扉はいかにもな音をたてて開いていく。 その音はまるでこの館が私達を誘い入れているような気さえした。
「ちょ、ちょっと遥……カノもセトもヒビヤも危機感なさすぎよ! こんなあからさまに怪しい館なんだからもうちょっと……」
 そう言って女子皆が館へと足を踏み入れたその時の事だった、今まで前方にいた遥がいつの間にか移動していて、扉を閉めきってしまう。
「さ、貴音いこう?」
 そう言って笑いかける遥が、何故か別人にみえた。 目を見開いて名前を呼ぶ。
「遥……?」
「何?」
「……いや、なんでも。 こんな所で留まっててもあれだし、行きましょう。」
 ため息をつきながら貴音はアヤノ達に目を向けて頷く。 薄暗い館の内部を照らすのは数本のろうそくのみで、貴音は持ってきた懐中電灯を付ける。
「まあないよりはましでしょ。 ちょっと男子共、先行きすぎ。」
「ごめん、でもこの館すごく雰囲気よくてつい、ね。」
「遥、ちょっと趣味かわった?」
「え、そうかな?」
「まあいいや、行こう。」
「そうだね。」
 そんな会話をしながら進んでいく。 視界に見えてきたのは広い部屋へ通じるであろう豪勢な扉だった。 迷わず扉を開けようとする遥を一旦制し、持ってきていたナイフを取り出した。
「貴音そんなの持ってきてたの……?」
「まあ、一応ね。」
「危ないよ……?」
「滅多なことじゃつかわないわよ。 とりあえず男子は下がって、私が先に入る。 異論は認めない。」
 貴音の睨みを聞かせた言葉に諦めたように後ろへ下がる男子たちに安堵しつつ、貴音は扉の取っ手に手をかけた。
 音をたてて開く扉、その先に見える淡い光と差し込める小さな日の光たち。 そのなかでも異彩を放つ金髪の髪を持つ女性らしき影に思わず貴音は足を止めた。
「……誰よ」
 睨みをきかせて貴音が言うと、その女性はゆっくりと振り向いた。
「あら、人の家に勝手に入っておいて失礼な物言いね小娘。」
「それは失礼、だけど人の友人を攫った相手を敬う必要なんてどこにあるのかしら?」
「いやねぇ、私はただ食料調達していただけよ?」
 そう言うと、吸血鬼の女は眼の前にあるキングサイズのベッドに手を伸ばすと、ごそっと何かシルエットの大きめなものを抱え上げた。
「シンタロー!?」
 彼女がベッドから抱え上げたのは、彼女が攫っていったシンタローだった。 意識は無く、目元には黒いレースの目隠しのようなものをつけられている。
 駆け寄ろうとするアヤノだったが、それはとある人物により阻止されてしまう。
「え、幸助……なにを、やって……」
 アヤノの手を力強く握り、駆け寄ろうとするのを阻止したのはセトだった。
「ダメ、っすよ。 邪魔、しちゃ。」
「ちょ、ちょっとセト……?」
 マリーが様子のおかしくなったセトに言葉をかける。 しかしその言葉にセトは答えずにマリーの手も握りしめてしまう。
 前髪で表情が見えないセトを含める男子たち。 心配そうに言葉をかけるキドやヒヨリ、貴音の言葉にも反応を返さずに、静寂だけがその場を支配する中で言葉を発したのは吸血鬼だ。
「お礼を言わせてもらうわね。 坊やたちを連れて来てくれて、ありがとう。 迎えに行く手間が省けて本当に助かったわ。」
「……アンタ、何言って」
「あら、意外に鈍いのね。 ――男の子たちは全員私が呼んだから此処まできたのよ?」
「え……?」
「この子達、貧血の身体を無理に動かしてここまで来てもらったのよ。 まあでも、貴方たちがバカで助かったわ? だって、本当ならあんなことがあった後なら襲われた子たちは絶対安静にしろと言われるはずだもの。 なのに貴方たちが連れて来てくれたんだから本当に行く手間が省けてこっちは万々歳よ。」
 その吸血鬼の言葉に貴音は目を見開いて、男子たちの顔色を見る。 よく見れば男子達は皆冷や汗をかき、顔色も悪い。 何故気が付かなかったのかと思うよりも早く、貴音は自分への怒りを込めて叫んだ。
「ふざけんじゃないわよ! それじゃあ、私達はまんまと罠にハマったってことじゃない……!」
「最初はこの子だけを頂くつもりだったんだけど、その子たちの血も美味しくてね……ついつい欲しくなっちゃったのよ。 ありがとう、連れて来てくれて。」
「貴方なんかに渡さない! 皆を開放して!」
 そうアヤノが叫ぶけれど、吸血鬼は怪しく笑うだけだ。 開放するつもりなどないのだろう。
「いやよ、やっと手に入ったんですもの。 ねぇ、伸太郎……?」 
 そう言って吸血鬼は、意識のないぐったりとしたシンタローの首元に口を寄せる。 よく見ればシンタローの表情は苦しそうに歪められていて、額には汗も滲んでいる。 まるで、うなされているようで。
「やめて、やめてよ……それ以上、シンタローに近づかないで……」
「お兄ちゃんから離れなさいよ!」
 アヤノとモモが叫ぶけれど、彼女は止まらない。 やがて、顔の女の牙がシンタローの首元を捕らえて、痛そうに歪むシンタローの表情などお構いなしに吸血鬼は好き放題に血を吸っていく。
 シンタローは一瞬目を見開いて、動かない手を無理に動かして吸血鬼を引き離そうとするけれど、彼女はびくともしない
「あ、ん………やぁ……は、はなし……て、も、むり……むり、だからぁ……」
 そう、とぎれとぎれに言葉を放つシンタローの抵抗など些細なものだった。 それでも尚必死に抵抗するシンタローの瞳は、赤い。 しかし、アヤノたちにはその赤い瞳が能力によるものなのかどうかの判別が付かない。
「幸助っおねがい、離して……」
 シンタローの元へと駆け寄りたいアヤノはセトの手を必死に振り払おうとするけれど、彼の手はびくともしない。 やがて顔を上げた彼の瞳は血のように赤く、アヤノは目を見開く。
「行かせないっすよ、邪魔は、させない。」
「セトっ、お願い、目をさまして!」
 マリーが必死に語りかけるけれど、彼は返事をしなかった。 泣きそうになりながらもマリーは懸命に名を呼び続ける。
「無駄よ、貴方達の声はもう坊やたちには届かない。」
 指をパチンと鳴らせば、カノはキドを、遥は貴音とモモを、ヒビヤはヒヨリの手を掴んでシンタローのもとへと駆け寄るのを阻止してしまう。
 振り払おうとするキドであったが、普段の彼からは想像できないほどの力で掴まれているためびくともしなかった。
「私の命令一つで坊やたちはいくらでも動いてくれる。 坊やたちはもう私のものなんだから。」
「ふざけんな! 遥もシンタローも……アンタのものなんかじゃない!」
 貴音が叫ぶけれど、そんなことお構いなしにシンタローを抱きかかえている。 男子たちに拘束され動く事ができない女子たちは吸血鬼を睨みつけることしかできない。
「ったく、うるさいわねぇ。 まあ、礼を言うわ小娘共。 私の大切な坊や達を連れて来てくれて本当にありがとう。 じゃあ、お帰りいただきましょうか。 坊や達、玄関までお連れしてあげてちょうだい。」
 その吸血鬼の言葉に、無言で頷いたカノ達はアヤノ達の手を掴んだまま歩き出した。 とても強い力で引っ張られて為す術もなく玄関まで連れてこられたアヤノ達は、乱暴に玄関の外へと追いだされてしまった。
 音をたてて閉められる扉にあわてて貴音は駆け寄って開けようとするが、鍵が掛けられてしまったのかびくともしなかった。
「皆、手分けして入れそうな場所探すのよ!」
 そう叫ぶ貴音にあわてて皆が頷いて館の周りを探したけれどどこもかしこも鍵が掛けられ、窓は割れず為す術もない。
「やられた……っ、あのクソ女っ……」
 暴言を吐く貴音は苛ついているようだ。 それから暫くは館の周りでどうしようかと考えていたけれど、日が傾いてきた辺りで、諦めてその日は宿に帰ることにした。 山を下る途中、交わす言葉もない女子達は軽い絶望のような気持ちを抱えて、これからどうしようかと考えていた。
 しかし、宿について部屋に帰っても尚どうしようかという具体的な案は出てこない。 男子でさえ敵わない力を持つ相手にどう立ち向かえばいいんだろう。 そしてあっちはシンタロー達を人質にとっている。
「絶望的ね……」
「そうですね……」
「どうすればいいんだ……」
「お兄ちゃん……」
 貴音の言葉にアヤノが返し、それに同調するようにキドとモモが言葉を発する中一つの言葉が響いた。
「……一つ、方法があります。」
 その声の主はヒヨリだ。 彼女は皆の顔を見回して立ち上がる。
「方法?」
「――入って来て、クロハ。」
 扉の方へと呟かれたその名前、それは嘗て自分たちを幾度と無く苦しめてきた元凶そのもので。
「……え?」
 そうして扉が開かれて立っていたのは、あの頃と同じ姿のままの彼。
「ちょ、っとまって、なんでアンタがいるの? だってアンタは消えたはず……」
 貴音が立ち上がりながら言うと、ヒヨリが彼女とクロハの間に割って入る。
「クロハは私の下僕です。」
「……なあ、その下僕ってのやめねぇ?」
「うっさいわね。 クロハ、状況は把握してるわね? 協力しなさい。」
「はぁ? 何で俺があんな奴らをたすけなきゃいけねぇんだよ。」
「消えたいの?」
「あーもう、分かった分かった。 協力すりゃ―いいんだろ…… ったく、すぐそれだよ。」
 クロハが盛大な溜息をついて、数秒の静寂が包んでクロハは再び口を開いた。
「純血種の吸血鬼っつーのはな、人間が創りだした物語上の弱点が一切効かねぇんだ。 にんにく、十字架、その他諸々。 重傷を負ったとしても血を飲みさえすりゃあ、回復する。」
「なにそれ最強じゃん……」
「そうでもねぇよ。 純血種の吸血鬼はな、同性の血が全く飲めないんだ。 同性の血は純血種の吸血鬼にとっては毒でしかない。 叩くとしたらそこだな。 ただし、あっちは男どもを人質にしている以上表立った行動は控えるべきだ。」
 クロハが言うには、純血種の吸血鬼というのは唇を通して相手の記憶を見ることができるらしく、その記憶を元に対象者に洗脳することが得意らしい。 カノとセトとシンタローが血を飲まれたあと魘されていたのはそのせいだった。
「必死に抗っていたんだね……洗脳から……」
「ただ、どんな人間でも鉄壁の心をもつワケじゃない。 むしろその逆で、人間の心っつーのは弱いんだ。 吸血鬼はそこに漬け込むから、最初は抗っていたとしても時間が立つに連れて抵抗は弱くなっていって最終的には堕ちる。 その前に男子どもを助けださなきゃ終わりだな。」
「でも、どうやって……」
「目を奪うと目を合わせる、このコンボは吸血鬼相手でも十分通用する。 それを利用しねぇ手は無いだろ。 館までは目を隠すで近づけばいい。」
「で、でもさっきアンタ言ってたじゃない! 唇を通して記憶を見ることが出来るって。 だったら吸血鬼が能力を知ってて、対策してるってことも……!」
「あの女が能力に関することを知り得たとしても、対策する手段はねぇよ。 吸血鬼は魔法で防御術を施すこともできるが、それはあくまで同じ魔術、そして現実的な攻撃だけだ。 お前らのような特殊な攻撃に対抗する手段はないから安心しろ。 ……ただ、時間がねぇな。 人間は体内から0.9キロ以上の血を抜かれると命に関わるから、あいつらの命はいつまでもつか。」
「……そんな、」
「まあ、殺すつもりならもう殺しているだろうから暫くはねぇと考えて大丈夫だろう。吸血鬼だって、やっと見つけた食料をミスミス手放すような真似はしないだろうからな。」
「食料って……」
「吸血鬼からみたらそうだろう。 おいおい、俺を睨むなよ……」
 そう言ってクロハは身をすくめた。
「……ねぇ、クロハ。」
 クロハの目を真っ直ぐみて、アヤノは問いかけた。
「なんだ?」
「なんで、シンタロー達なんだろう。」
「……人間の血は等しく平等な味だ。 その中で味をつけていくのはその者の持つ記憶と、心に抱える闇。 ――まあ、大半が俺のせいなわけだが、カゲロウデイズに巻き込まれていたお前らの血は吸血鬼にとっては美味なんだろうぜ。 その中でも一番、如月伸太郎がアイツにとっては美味しいと感じたっぽいな。」
「なんで……?」
「アイツの能力、目に焼き付けるのせいだろう。 如月伸太郎は能力によってループの全てを記憶している。だからこそ心のなかに抱える闇は多く、吸血鬼にとってはそれが美味しいと感じた。」
「……私のせい?」
 そう言って俯くマリーにクロハは困ったように言葉をかける。
「まあ、違うとはいえねぇが……仕方なかったんじゃねぇの。 それに、あれはアイツ自身が求めたもので、アイツが決めたことだ。 他の人間にとやかく言うことなんてできねぇさ。 ――それに、目に焼き付けるの野郎は主である如月伸太郎を気に入っているし、普段、残酷な記憶達は焼き付けるがブロックしてる。」
「……どういうこと?」
「あー、ええと、如月伸太郎の能力は自我を持ってるんだ。 お前らのとはちがって少しばかり強い自我をな。 そいつはあまり如月伸太郎を苦しめたくはいと思ってるらしくてな、主に内緒で能力によって記憶を一部封じてるってわけだ。」
「へぇ……すごいのね……」
「じゃねぇと普通になんて暮らせねえだろ。 アイツはただの男で、とく別な生まれってわけでもねぇし、特別な存在ってわけでもねぇ一般人だ。 下手すりゃそこらの一般人よりも精神的に脆いような奴なんだぜ? 見知ったやつがぶっ殺される記憶なんて普通は耐え切れねぇよ。 ――ってこれ俺が言うのなんかなぁ。」
 そう言ってクロハは溜息をつく。
「……とりあえず、お前らそんな顔してねぇでさっさと休めよ。 助けに行くんだろ?」
「クロハの言うとおりね。 皆、とりあえず今日は寝ましょう。」
 貴音が皆にそういい聴かせると、皆は頷いて立ち上がる。
「おい、ヒヨリ。」
「なに?」
「俺は例の屋敷とやらを偵察してくる。」
「お願い。」
 短い会話をするとクロハは宿の窓から飛び出していった。

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