焼き付けるさんが鹿野修哉に対し静かな怒りを持つ話
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 たったひとつの後悔があるとしたら、あの時アイツに向かって言ってしまった言葉のすべて。 やり直せるとしたらアイツと楽しくゲームをし合ったあの瞬間。
「……なによ、それ。」
 エネとしての私の口調など忘れ、うなだれるカノから告げられた言葉に私は目を見開き、口を開いていた。
「ごめん……」
「なん、なのよ……じゃあ、じゃあ! 私は……」
 本当になにもやっていないアイツに対して、”アンタ最低”と言ってしまったのだ。
 それだけじゃない、私はあの後……!
 そう、だ。 アイツにとっては原因不明の理由で突然友達にそっぽ向かれたことになるんだ。 ちがう、もっと酷い。
 アイツはずっと一人だった。 孤独だった。 友人一人居ない子で、周りから奇怪なものを見るような目で見られてきた、そんな子だ。 そんなアイツに出来た初めて友達が私達だったのに。
 それを私は、私と遥は……アイツが謝らないことに腹をたててアイツを遠巻きにし無視して、あの子にアイツと距離をおいて欲しいなんて頼んで。
「……どん底って知っているっすか?」
 窓の外を見つめ、静かなトーンでふとセトが口にする。
「……え?」
「――やっと出来た友達をよくわからない理由で失った絶望のどん底がどういうものなのか知っているかってきいてる。」
「し、知らない……」
 いつもと違う声のトーンにビクッとしながらカノは応える。
「そーっすよねぇ。 だってカノの周りにはいつも誰かがいる。 俺だって、キドだって父さんだって。 言ってくれたら俺はいつだってカノの味方で、どんな悩みだって解決するために努力した。」
「……。」
「なのに、」
 そういってバッと振り返ったセトの表情は見たことのないほどの怒りで染まる。
「どうしていつもそうやって! 話せって、相談してって、いつもいつもいつも言っていたのに! 一人で抱え込めなくなって、周りに迷惑かけて、そうしてカノは何も悪く無いシンタローさんを傷つけた? 姐さんに近づくアイツが許せなかった? ふざけるな! 本当に許せないのは自分のくせに! そういうのなんていうか知っている? “自己嫌悪”っていうんだ!」
「セト……」
 必死に呼びかけるように叫ぶセトにキドが心配そうに口を開いた。
「お兄ちゃん、なにも、してなかった……」
 震える声で桃は呟く。 その瞳は過去に想いを馳せているようだ。
「キサラギ……? どうしたんだ?」
「私、アヤノさんに相談、されて……」
 兄が風邪で休んだ次の日の放課後、街でばったりとあったアヤノさんから私は相談を持ちかけられた。 それは兄のことだ。
「それでお兄ちゃんが友達に酷いこと言ったってきいて、それ、お母さんに……言って……」
「母親に……?」
「――お母さん、お兄ちゃんにやっと友達が出来て嬉しかったから、そんなことを言ったお兄ちゃんが許せなくて、それで、お母さんと私……、」
 そう頭を抱えて呟く桃に、マリーは近づいてそっと手をにぎる。




 今でも思い出せる。
 あの日、私と母親はリビングでその件について話していた。
 母親はやっと出来た友達に酷いこと言った兄が許せなくて、頭に血が上っていたのだと思う。
 本当は兄がそんなこと言うはずがない、と疑ってかかるべきだった。 兄からちゃんと事情を聞くべきだった。 なのに私と母は疑うこともなく兄が酷いことを言ったのだと思ってしまった。
昔から友達の影もなく一人でいる我が子を心配していた母の溜息はとても静かな家の中に響き渡る。
 その際母の口からぼそっと漏れたその言葉は、兄からしたら裏切りとも取れる言葉だったのだろう。 家族だけは信じてくれると信じていたはずの兄の心に深い傷をつけるほどに。


 桃の独白を聞いていたカノの表情はこちらからは見えない。
 きっと、彼は今最大の後悔をしているのだろう。 自分の行動一つのせいで、狂いにくるってしまった人間の崩壊を耳にして。
「……ねぇ、アンタ、知ってるんでしょう? 私の身体のある、所。」
 携帯の中からエネがいつもとは全く違う口調で話しかけた。 カノはその言葉に反応を示す。
「今すぐ、案内しなさい。 ――早く!」
「……分かった。」
 袖で目元を拭って、立ち上がったカノはフードを被って背を向ける。
「――ついてきて。」
こんな身体じゃ、こんな自分じゃ、アイツに面と向かって謝るなんて出来ない。 私が今しなくちゃいけないのは、アイツの側に居ることなんだ。
 私は知ってる。 アイツが、どん底の果てに何をしでかすのかを。
 だってアイツはもう何度もその身を傷つけているのだから。


 なんてことをしでかしてしまったのか、と思った。
 別にそんなだいそれた事をするつもりなんてなくて、ただ僕はアイツを蹴落としたかっただけだ。
 いや、違う。 そう、セトが言ったとおり、僕は勝手にシンタロー君に自分を投影して苛ついていただけで、彼はその僕の勝手な自己投影の被害を受けただけのこと。

 ――多分、いや、これはきっと断言できる。

 もう、僕がどんなに必死に、たとえ土下座で謝ったとしても彼との関係修復は不可能だ。
 僕はそれだけのことを彼にしてしまった。


 知らなかったんだ。
 まさか、僕がした行動のせいで彼がここまで大きなものをなくしていたなんて。 文字通り、全てを彼から奪ってしまった。
 そのくせ自分はいつも誰かにそばに居てもらっていた。
「本当、何やってんだろ……僕。」
ぼそっとそう呟いたカノの表情はこちらからは見えない。
 やがて一つの扉の前で立ち止まったカノはポケットからスマートフォンを取り出してカメラを扉に向ける。
「……この中。」
 そう言ってカノは振り返る。
「みんなは此処で待ってて。」
 短いその言葉に他のみんなは頷いたのを確認したカノはエネの入った携帯を手に中に入っていった。



 土砂降りの雨の中、傘もささずに公園に佇む影。
 やがて操り人形の糸が切れたようにどさっと倒れこんだ彼は、数分そうして倒れていたあとピクリと動いて起き上がる。
「やれやれ……我が主は自分を追い込むような行動ばかりして……」
 そういって立ち上がる彼の瞳は真っ赤に燃えている。
「――まあでも、主の頼みなら仕方ないか。 さて、行こう終わらせに。 君は休んでいるといいよ、少し働き過ぎた。 もう、楽になってもいい次期だしね。」
 長い長いループした記憶をすべて持つ我が主は、夢を見るたびにうなされていた。 それに加えて彼を取り巻く状況は酷いの一言では片付けられない程のもの。 たった一人の愚かな行動一つのせいで彼の人生は崩壊したのだから。
「――安心して、主。 君の願いは、君の思いは、ちゃんと僕に届いてる。 僕は君だ。 僕と君は一心同体であり、苦楽を共にする存在。 君の苦しみは僕の苦しみ。 君が誰かを傷つけることを恐れるのなら、僕はそれに従おう。 まったく、とことん君は優しいんだね。 だからこそ、」
 そう、我が主は――如月伸太郎は誰よりも優しい。 言い換えれば、優しすぎたのだ。
 最初は周りの者達の言葉、そして親しい者の悪意と喪失、挙句の果てに家族からの裏切り。 彼に襲いかかった様々な悪意は優しい彼の心を容赦なく壊し、粉々にしてしまった。
 本音を言えば、僕は主をそんな状態にまで追い込んだその原因である鹿野修哉を許すことは出来ない。 今すぐ殴りたいほどに、僕はあの子が嫌いだ。 でも、主はそんなこと望まないのを知っている。
 主は彼に対して無関心で居ることを望んでいるのだ。
 だって、憎しみも悲しみも抱き続けるのはとても疲れる事なのだから。 
「主、僕は君とともにあるよ。」
 そう一言呟いて、如月伸太郎の身体で走り出す。 本当はこんな乗っ取るような真似はしたくないけれど、状況が状況だから仕方ない。
「さて、まずは迎えに行かないとね。」
 カゲロウデイズの中に居る二人を迎えに行かないと、事態は何も進展しない。 掛けるが居なければ冴えるを止めることなど出来ないのだから。
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