【前編】
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 「Elle a bu le sang」

 くじ運が良いとその時は舞い上がった。
 こんな幸運はもう二度とないと、その時は感じていた。 だからこそ僕はみんなに笑顔でそのチケットを掲げ自慢そうな表情を浮かべたのだ。
「見てみて! 商店街の福引きで一等当てたよ! 南の島への旅行券だって!」
「す、すごいっす!」
「おお、カノにしてはやるな。」
 セトとキドがそういってチケットを覗き込む。
「こんな名前の島があの県にあったんだな。 聞いたことないが……このチケット本物か?」
「ちょ、キドさっき褒めてくれたのに! で、でも僕も知らなくて調べた限りだと、野生の猫がいっぱいいる島なんだって。」
「ね、猫!?」
「そうそう。 しかも結構人懐っこいらしいよ!」
 そうニヤニヤしながらカノが言えば、キドは人懐っこいらしい猫と戯れる楽しみに笑顔を浮かべた。
「みんなを誘って行ってみない? 人数的にも大丈夫そうだし。」
「そうっすね、せっかく当ったんならみんなを連れて行ったほうが楽しそうっす!」
 そういって笑うセトの声に、自室にいたマリーも顔を出した。 セトが理由を話すとマリーはとても笑顔でたのしそうだねと笑う。
「あ、あのね!そういえばモモちゃんがね、今度のゴールデンウイークヒヨリちゃんとヒビヤくんがこっちに来るって言ってた!」
 スマフォを見ながらマリーは嬉しそうに呟くと、それにキドが反応を示す。
「おお、じゃあそれに合わせて行くか。」
「うん! みんな一緒だね!」
「そうっすね! 楽しみっす!」
 そういって笑いあったあの日々がもう遠く感じる。 果てしない闇の中でぽつりと浮かぶ思考回路ではそんなことしか考えられなかった。
 自分が今何をしているのかも、何をされたのかも、何に利用されているのかも。



 あっという間に時は過ぎて、僕たちは皆揃ってその島へと観光にやって来た。 ゴールデンウイークということも有りそれなりに観光客は居るらしく、とても賑やかだ。 しかしなぜだか観光客は女性メインのようで、男性客はそれなりに居るものの年齢層が高い人のみで自分たちと同じ年代の人が見当たらない。 そのことについて疑問を抱いたのはシンタローのみであった。
 確かに孤島だけれど、これだけ居ないのはおかしい。 恋人と一緒にっていう人だって居そうなのに、それさえも見当たらない。
「……。」
 猫と戯れる女性陣を尻目に、シンタローはふと誰かからの視線を感じてあたりを見回す。 しかし、視線の主は見当たらずにうつむいているとふと遥の声が聞こえた。
「シンタロー君どうしたの?」
 そう言って心配そうに顔を覗き込むのは遥だ。 若干びっくりしながらもその言葉にぼそっと答えると、猫たちと戯れている女性陣のほうへと歩み寄っていく。
「……。」
 嫌な予感がした。 しかし、具体的にいえばそれは何も信頼性のない勘に過ぎずみんなに注意を促すには情報がなさすぎる。
 これが俺の考えすぎならば笑い話になるんだが――そう考えてシンタローはふと山の方へと目を向けた。
「洋館……あんなとこに……?」
 そう、目を向けた山の頂上付近に一際異彩を放つ洋館が佇んでいた。 その洋館は遠目であまりよくは見えないが、色彩はどこまでも黒く、まるでモノトーンのようなそんな色彩の洋館。 その色合いがまた不安を煽る。
「シンタロー君、宿に行こうって。」
 そう言い遥はコーラを差し出す。 軽いお礼を言うとシンタローは洋館のある山の方をちらりと向くと、遥の後ろ姿を追いかける。
「あ、ああ。」
「どうしたの?疲れた?」
「ま、まあな。」
 まあ確かに今日は移動も長かったし、はしゃぐ女子陣について回ったりしてつかれたかもしれない。
「さっさと宿に行って休もうか。」
「ああ。」
 その日、俺達は猫とたっぷり戯れて宿屋にやって来た。 泊まることになっている宿屋は思ったよりも立派なもので、一同はその立派な日本家屋を見上げて静止してしまう。
「すげぇ……今時こんな立派な日本家屋があんのか……」
 そういって目を輝かせるシンタローにアヤノが寄り添って笑う。
「シンタロー楽しそう。」
「お、おう。まあ、な。」
「シンタロー動物好きだもんね。 猫といっぱい戯れて楽しそうだった。」
「う、うるせぇ。」
 そういって顔を赤くして俯くシンタローにアヤノは笑う。 一歩中へ入ると、想像した通りとても立派なお屋敷だ。 玄関で出迎えしてくれているおばあさんはとてもやさしげで、ほっと安心しつつ一行はそのお屋敷に上がり込んだ。
「すごいめちゃくちゃ広い部屋っす! お金持ちになったみたい!」
 案内された男子部屋ではしゃぐセトに、カノは呆れつつ笑う。
「お金持ちになったみたいって……どういう感想なの……」
「う、うるさいっす! カノだってろくな感想言ってなかったじゃないっすか!」
 そういってワイワイ言い合うカノとセトにシンタローはくすっと吹き出す。
「仲いいなお前ら。 なぁ、ヒビヤ?」
「なんで僕にふるの、シンタローお兄さん。」
 部屋に来てからというものヒビヤは自分のバックからDSを取り出しゲームを始めていた。 彼が今やっているのは小学校で今大ブームとなっているというゲームらしい。
「せっかく旅行に来たのにゲームかよ……」
「もうちょっとだけ。」
 そうして暫くしDSを閉じるヒビヤは、シンタローに目を向ける。
「ねぇシンタローお兄さん、あのさ、食後でもいいんだけど宿題見てくれないかな?」
「え?」
「ダメ?」
「いや、別にいいけど……お前旅行に勉強道具持ってきたのかよ……」
「仕方ないでしょ、だってそうでもしないと終わらないんだもん。」
「小学生も大変だな……」
 そう言いながらも拒否しないシンタローにヒビヤは短くお礼をいうと、カノがふと思い出したように口を開いた。
「そういえばシンタロー君、遥さんとめちゃくちゃ仲いいよね。 僕ちゃんと見てたよ? 遥さんが持ってきたバームクーヘン見た瞬間のキミのとっても嬉しそうな表情。 シンタロー君もあんな顔するんだねぇ……。」
 得意げに語るカノの表情にとてもいらっときたシンタローは、顔を赤くしながら顔を背けた。
「シンタロー君が甘いもの好きになったのは僕のせいなんだよねぇ。」
「え、そうなんすか!?」
「うん。 それまでシンタロー君、コーラだって飲んだことなかったみたいだし。」
「意外っす……!」
 カノと言い合うシンタローを微笑ましそうに見るセトと遥は今日のシンタローに関する話になっていた。
「そう言えば今日のシンタローさんどうかしたんすかね?」
「セト君もそう思った?」
「だって、なんか様子おかしかったすよね?」
「うん、僕もそう思ってシンタロー君にどうかしたのって聞いたんだ。 そしたら……」
「そしたら?」
「――この島に来てからずっと誰かに見られている気がするって……」
 彼は一体何の視線を感じたのか、なぜこの島に来てから神妙な面持ちで山の方を見つめているのか。 気になってはいたけれど結局聞けずじまいだ。
「見られてる……?」
 セトが笑みを消した。 遥は苦笑しつつ、視線だけシンタローの方へと向ける。
「それ以上は何も言ってくれなかったんだけどね。」
「……遥さん、これ俺のひとりごとだと思って聴いてほしいんすけど、」
 笑みを消したままセトはそう前置きをして、口を開いた。
「――この島、ナニカがいます。 人じゃないナニカが、この島には存在していて、島の人はそれを知っていて隠している。」
「セト君……?」
 彼は僕に視線を向けないまま、まさにひとりごとのように口を開きだす。
「この島に来る前、聴いたことがあまりない島だなと思って調べたんすよ。 ……そして出てきたのがこの島に古くから伝わるという一つの昔話。 その話で狙われるのは二十歳以下の男。 ――だからこの島には十代の男がいないんすよね。10代の男なんて多分俺らくらいしかいないと思うっすよ。」
「……なんで、」
「理由はわからないっす。 ただその物語にはバケモノとしか書かれていなかったので、正体がなんなのかも。 ――こんな昔話真に受けるほうがどうかと思うっすけど、俺らはそれこそ信じられないような体験をしたからそいういうの少し気になっちゃうんすよ。」
「そうだよね……」
「まあ、気にしすぎなら笑い話にもなるんで軽く今の話は流してもらえると幸いっす。」
 そう言って彼は僕に笑いかけるとカノとシンタローの方へと歩いて行った。
「……なんだかなぁ。」
 妙な胸騒ぎを覚えつつ、遥もまたシンタローたちの方へと歩いて行く。



 事件が起こったのは、二日目の夕飯後のことだった。
 それは音もなく唐突に襲いかかる。
 夕飯をすませた僕達は、雑談をしながら部屋へと向かっていく――その最中でシンタロー君がトイレによっていくといい僕達から離れてトイレへと向かっていった。
 この宿は各部屋にトイレがないから。
 その時僕たちは深く考えずに彼を送り出し、何事もなかったように部屋に戻っていった。
 しかし、それから10分経っても、20分経ってもシンタロー君は帰ってこない。 心配した遥さんが彼のスマートフォンへと電話をかけたがつながらず、迎えに行こうかと立ち上がったその時のこと。
「きゃあああああああああ!」
 宿に泊まっていた一般客の悲鳴が轟く。 その悲鳴は僕達の部屋にも届き、慌ててその悲鳴があった方向へと走っていく。

 そして、ふと考える。
 この方向は、シンタロー君が寄るといって向かったトイレの方向だったから。
 そうしてついたトイレ付近には、悲鳴を聴いて集まってきた一般客たちがざわついていた。 その人混みをかき分けながら進んでいくとやがてそれは見えてくる。
「シンタロー君!!」
 最初に声を上げたのは遥だった。 その悲鳴のような叫びを聞きながら僕の目にも入ってきた状況はとても良いものではない。
 トイレのある廊下の隅、首から止めどなく血を流して壁により掛かるようにして気を失っているシンタロー君がいたのだ。 遥さんが慌てて駆け寄って、セトに宿の人に救急車を呼ぶようにと頼むと、僕の方を向いて再び口を開く。
「カノ君、僕の荷物の中に軽い救急道具が入ってるから持ってきて! あとタオルも! ヒビヤ君は、お風呂から出てきた貴音たちに連絡!」
「わ、分かった!」
「任せて!」
 それからしばらくしてカノは、遥の救急道具を持って帰ってきた。 周りの人から提供されたタオルで必死に首元を抑えてる遥の顔色は悪い。
「血が止まらない……このままじゃ……」
 シンタロー君の血で手を真っ赤に染めながら遥はつぶやく。 全然止まらない血にカノは思わず声を上げた。
「なんで、だって、こんなの……」
 見たところそんなに傷は大きくないのに血が止まらないのはいくらなんでもおかしい。 そう言って動揺するカノに遥は声をかけた。
「カノ君、ちょっと抑えるの変わってくれる?」
「う、うん。」
「大丈夫、落ち着いて。」
「分かった。」
 そう言って遥はカノに傷を押さえる役目を託し、カノが持ってきたタオルで出を拭きながら救急道具に手をかける。
「遥!」
 ふと、貴音がこちらに走りよりながら名前を呼ぶ声が聞こえその声の方へと振り返る。
「貴音!」
「シンタローは!?」
 心配そうに問いかける貴音はふと血まみれな遥の手を見て、目を見開いた。
「正直、早く病院に行かないと命の危険があるね。 出血量がひどくて、未だに傷が塞がってないんだ。」
「な、なにそれ……」
「小さい傷なのに未だにふさがらないのは明らかにおかしい。 ――でも、それよりも今は早く病院に連れて行ってあげないと……今はタオルで抑えてなんとか止めている状態なんだ。 貴音、タオルもっともっと欲しいから集めてくれる? 手持ちのタオルもうみんな使っちゃったから…」
「分かった!」
「アヤノちゃんたちは?」
「まだお風呂から出てない。 私少し早めにお風呂切り上げたのよ。 ヒビヤをお風呂付近で待機させているから出てきたら多分合流してくれるはず。」
「分かった。」
「じゃあ私部屋にいって使ってないタオル持ってくる。」
「うん!お願い!」
 そう言ってかけていく貴音を見送り、遥はシンタローの首元の傷をちらりと見つめる。 あのくらいの傷なら普通は絆創膏貼ればなんとかなるだろう。 でも、シンタロー君の場合傷は小さいけれど出血量が異常だから絆創膏はダメだ。 包帯でタオルを固定して上げれば移動していてもある程度は大丈夫なはず。
「遥さん!」
 ふと救急車を手配しに行ったセトの声が聞こえて振り返る。
「セトくん、どうだった?」
「この島にある病院とても小さいらしくて、対応が難しいかも知れないとのことなんすよ……とりあえず今は宿の人がその病院に大急ぎで向かっているんで、今後の対応はその人が来てからっすね……大きな病院に運ぶにも天気の関係で難しいみたいっす……」
「そうなんだ……昼間あんなに晴れていたのに……」
 ふと窓の外を見れば、そこには雨風強くなっている外が見えた。
「海の天気と山の天気は変わりやすいって言うっす……こればかりは仕方ないっすよ……」
「とりあえずお医者さんがくるまで僕達でどうにかしないと……」
 そう言って居ると、貴音がタオルを手にアヤノ達を連れてやって来た。 悲鳴じみた声で名を叫び近づいていくアヤノをなんとか止めているキドたちを尻目に遥は貴音からもらったタオルを手にカノに近寄っていく。
「カノ君、変わるよ。 シンタロー君の傷どう?」
「まだ塞がってないみたい。 顔色も悪いし早くなんとかしてあげないと本当にやばいよ……」
 そう言うカノの表情はとても険しく、彼もまたシンタローのことをとても心配しているのだと遥は悟る。
「カノ君、アヤノちゃんたちの方お願いしていい?」
「了解。」
 そう言って頷くカノを見送り、遥は抑える手はそのままにそばにある自分のカバッグを弄る。 取り出したのは自分のスマートフォンだ。 それを操作し、現在地の天気を調べている遥の表情がまた険しくなる。
「遥さん……?」
「セトくん、天気予報によればこの島周辺の天気がよくなるのは明後日くらいからなんだって。 それまでは荒れるらしいよ。」
「えっ……」
「船にしろ、ヘリにしろ、天気が良くないと…… まぁ、仕方ない。 とりあえず出来ることはしよう。 セト君、少しお願いがあるんだけど。」
「遥さん……?」
「君、これどう思う?」
 遥はそう言うと、タオルをそっとどける。 その傷口をみたセトははっとしてぼそっと口を開く。
「……まるで吸血鬼にやれられたような……傷口っすね……」
「セト君が読んだ昔話の化物はもしかしたら……」
「……もしかすると思うっす。」
 傷口を見たセトは確信した。 自分が読んだ昔話のバケモノとはつまりは吸血鬼の事である――と。 だとしたら、十代の男が狙われるというのはもしかして―。
「……っ」
 そんな時、ふとぞっとするような冷たい視線を感じてセトはあたりを見回す。 しかしその視線の主は見つからない。
「セト君……?」
「なんでもないっす。」
 多分、だけど。 次に狙われて居るのは――。
 セトは心の中でそう思案していると、宿の人が呼びに行った医者がようやく到着した。
「すまない、遅くなった!」
 そう言いながらシンタローの方へと走りよる医者の男性は、傷口を見ると顔を顰めて包帯を取り出しタオルを包帯で固定した後に彼を抱え上げた。
「場所を移動しよう。 何処かの空き部屋がいいんだが……」
 宿の人が直ぐ様空き部屋を確認しに行く。 程なくして帰ってきた宿の人に案内された空き部屋のベッドにシンタローを寝かして、ついてきた遥達の持っているタオルを受け取り彼の傷をおさえていたタオルを取り替えた。
「輸血が必要だが……こんな離れ島に輸血用の血なんてないしな……道具は持ってきているんだが…… 彼の親族は誰か居るかい?」
 そういって見回すと、はっとしてモモが手を上げた。
「あ、あの私妹です!」
「君はお兄さんと血液型は一緒かい?」
「は、はい!」
「彼にはすぐに輸血が必要だ。 協力してくれないかい?」
「もちろん!」
 モモがそう頷いて、上着を脱いだ。
 遥達は頷き合って貴音達女子を部屋に残して出て行くと一度部屋に戻る。
「……これで一安心、かな。」
 部屋に戻って一息ついた頃、遥が溜息とともに呟いた。
「だといいっすけどねぇ……」
 それに付け足すと、セトは苦笑して持ってきていた水を飲み干す。
「誰がやったか、犯人さえわからないからまだまだ安心は出来ないよねぇ。」
「ねぇ、あのさぁ。 シンタローお兄さんの傷僕もちらっと見たけどアレどう見ても吸血鬼にやられたみたいな感じだよね?」
 ヒビヤがそう言うと、遥とセトは顔を見合わせて苦笑した。 やはりみんなそう思うらしい。
「あー、それ僕も思ってた。」
「カノもっすか?」
「当たり前じゃん。 あんな奇怪な傷見れば誰だってそう思うよ。」
「そーっすよねー……」
 そうセトが言うと遥たちは揃って溜息をつく。
「どうしようか……? 多分キドたちは傷見てないから気がついてないよね。 言う?」
「言った所でどうなるのかって話だし……心配もかけちゃうだろうから少し黙っておこうよ。」
「まー、それがいいよね。 とりあえず、気をつけておこう。」
 数十分後、女子達が部屋に呼びに来たので改めてシンタローが今いる部屋に行くと、先程よりもいくらか顔色の良くなったシンタローが寝ていた。
「先生、傷口は……?」
「ああ、塞ぐのに時間がかかっていたようだがさっき見たら徐々にふさがりつつあるからもう大丈夫だろう。 後は専門の病院に見せられたら完璧なんだがこの天気じゃ……この調子だとあと3日は無理そうだ。」
「そんなに……」
「とは言え、輸血は完了しているし傷口もふさがりつつあるからもう心配いらないよ。 でもまだ心残りはあるから私も此処に滞在して看病に当たろう。」
「ありがとうございます!」
 そう言って頭を下げた遥かにつられみんなもまた数多を下げる。

 シンタローの目はその日覚めることはなく、遥達は心配しながらも晩ごはんを済ませて寝るために各々の部屋へと帰ってきていた。
「明日には目を覚ますかなぁ……」
 心配そうに俯く遥の言葉に答えられるものは居ない。
「そう願いたいけど……」
「そうだね……。」
 ヒビヤとカノも疲れたように机に突っ伏している。 そんな雰囲気の中唯一人セトだけは窓際に立ち外を向いたまま口を開かない。
 そんな雰囲気のセトに違和感を抱いたのはカノだった。
「ねぇ、セトさっきからおとなしいけど一体どうしたの?」
「……。」
「セトってば!」
「…………え? あ、ごめんっすちょっとぼんやりしてて……」
「まったくもー」
 そういってカノは溜息を吐く。 セトは微妙な表情で視線を窓の外へ移すと、そのまま再び口を閉ざした。
 一体彼は窓の外に何を見ているのだろうか。
「――ねぇ、セト君。 ちょっと、いいかな。」
 遥はそんなセトを呼び出して、部屋を二人で出て行く。 廊下にでて一息ついた頃に遥は口を開いた。
「君、もしかして視線感じてる?」
「……すごく、見られてる気がします。 さっきも窓の外からずっとすごく冷たい視線を感じて」
「やっぱり……。 大丈夫?」
「まあ……大丈夫っすね。 ただすごく見られている気がして落ち着かないだけで。」
「とりあえずあまり独りにならないほうがいいよ。」
「そうするっす……」
「じゃあ部屋戻ろっか。」
「そっすね!」
 部屋に戻るとカノがヒビヤの勉強に付き合わされていた。 シンタローとの約束であったが、それができない今カノに付き合ってもらっているのだろう。
「ちょ、そこヒビヤ君間違ってない?」
「なんで疑問形で返すのさ……間違っているなら間違っているって言い切ってよおじさん。」
「おじさんやめて! し、仕方ないじゃん! 僕中卒だし……」
「この問題小学校だけど。」
「うっ……あっ、戻ってきた!力貸してー! 僕だけじゃ無理!」
 そう言って涙目になりながら助けをこうカノに吹き出しながらも遥が近づいていく。
「じゃあ、僕がヒビヤ君に教えるよ。」
「あ、ありがとう遥さん!」
 そういって安心するカノをジト目で見つめるヒビヤを敢えて視界に入れずにカノはセトに駆け寄って行く。
「もー、僕そんな頭良くないのにー……」
「カノは特に算数と数学ダメダメだったっすもんねぇー。 中学2年の中間のテストの点数なんか……」
「ちょ、やめて!」
「赤点ギリギリ……」
「あー!」
 セトの口を無理やり塞ぎにかかるカノに、ヒビヤと遥は目を合わせた後に笑う。
「そう言えばもうすぐ日付も変わるね。 そろそろ寝る準備始めようか。」
 そう遥が言うと、カノとセトとヒビヤは時計を見て慌てて準備を始めた。
 布団を引き終わり、みんなで他愛もない話をしながら眠りにつき時刻は深夜3時、むくりと起き上がったセトは微妙な表情を浮かべながら窓の外を見つめる。
「……。」
 それから暫く、辺りを見回して全員寝ていることを確認したその影は枕元に置いてあったスマートフォンを片手に独り部屋を出て行くと今の時間だと全く人影が居ない廊下の窓際のスペースへとやって来た。
 そのスペースを見回したその影はスマートフォンのビデオ機能を立ち上げて録画開始をタップし、手頃な所へそのスマートフォンを置くと 深い溜息を吐き、立ち上がったその時の事だった。 コツ……コツ……と後ろから響いた足音にばっと振り返る。
「自分から独りになってくれるなんてうれしいわ。」
 上品な口調と、とても美しい金髪赤目のその美女はそう言って笑いかける。
「貴方は……」
「――そうね、吸血鬼って言えばわかりやすいかしら? それとも、貴方の友達を美味しく頂いちゃった張本人って言えばいいかしら?」
「吸血鬼……」
「私ね、飢えてるのよ。 この島老人しか居ないし、噂のおかげで若い男なんてからっきしなんだもの。」
 そう語る彼女の表情は狂おしい程に美しく、月光に照らされて怪しい雰囲気をまとう。 恐怖を覚えたセトは一歩また一歩とその吸血鬼から距離を取る。 しかし、それは彼女にとって何の意味もない行為であった。
「無駄よ。 私からは逃げられない。」
 距離を置こうとする彼の両肩をその容姿からは想像も出来ない力強さで捕まれ壁へと追い込まれ、セトは必死に話そうと両手で吸血鬼を押すけれど彼女はびくともしなかった。
「まっ、まって、や、やだ……」
「あら、案外可愛いしぐさをするのね貴方。 そう可愛いとやっぱり、欲しくなっちゃう。」
 ニコリと笑った彼女は両手でセトの顎を包みこむようにつかむとその唇に吸い付くように捕食するように、貪りついた。
「んぅ、やめっ――っ!」
 最初は普通のキスだったが、吸血鬼である彼女にとってそのキスは特別な意味を持つ。 吸血鬼は血とは別に口から生気を吸い取ることによってその途方も無い乾きを潤すことが出来るのだ。
「ん、やっぱり貴方すごく美味しいわ。 あの子ほどじゃないけれど、ね。」
 口を離した彼女は満足そうに笑う。 しかし、未だにその手はセトを掴んで離さない。
 上気した頬、とろんとした光のない弱った目、肩で息をするセトは崩れ落ちそうになるのを吸血鬼に支えてもらっていることでなんとか立てている状態だ。
「さぁて、それじゃメインディッシュいただきます。」
 そういって、その尖った歯をセトの首元に突き立てる彼女。 歯が肌につき刺さる寸前セトは痛みに顔を歪めたが、彼女が血を飲み始めた瞬間その表情は消え失せた。
 
 目を見開いて、驚きつつ動かしづらい重たい身体を無理に動かしてなんとか声がでないように人差し指を噛んだセトはもはや何の抵抗もできずにされるがままとなっていた。
 それから何分経っただろうか。 満足した吸血鬼はセトの首元から口を話すと支えを失った身体は壁伝いに崩れ落ちていく。
「私の唾液ってね、傷口を塞ぐのを妨害する役目もあるの。 出血多量で死にたくなきゃじっとしてなさい。 ああ、でも、まだ気を失っちゃダメよ。」
 そう言うと、セトの目元が一瞬血のように赤く染まる。
「よしよし、いい子ね。」
 セトの頭を愛おしげになでた彼女は一つの物音に気がついて、怪しく笑うと自動販売機の影に身を潜めた。
「セトー……?」
 スマートフォンの画面の光を頼りにやって来たのはカノだ。 先ほど、セトが起きて部屋を出て行ったあと、物音に気がついて起きたのだろう。
「セトどこー?」
 かすかに目の開いているセトは、曖昧な思考回路の中で何かを伝えようと口を動かすがうまく声にならない。
 そんな時、遂にセトの姿を捕らえたカノは手に持っていたスマートフォンをがたっと床に落とし慌てて駆け寄る。
「セトッ、な、何があったの?! ち、血がっ、」
 慌てて着ていた上着を脱ぎ、迷うこと無くセトの首元へと当てようとするカノだったがその行為はセト自身によって遮られた。
「セト……?」
「に、にげ、て……」
「えっ……?」
 そう言って不意に感じたぞっとするような冷たい視線に、カノは思わず後ろを振り向いた。 誰も居なかったはずの背後に居たのは、赤い目を持つ金色の髪の女性――いや、間違いない吸血鬼だ。
「こんばんは、坊や。」
「なっ……」
「とっても可愛いお顔してるわね。 美味しそう。」
「……はっ?」
 ドン引きしつつ、その冷たい雰囲気にカノは腰を抜かしながらも必死に彼女と距離とっている。
「逃げても無駄よ、坊や。」
「い、いや、僕そんな趣味ないんで……」
「釣れないこと言っちゃ嫌よ。 こんな美人が誘っているんだから。」
 ああもう、だから年上の女の人って苦手なんだ――なんて心の中でぼやきながらも距離を取ろうとするが、その度に彼女もまたカノとの距離を詰めてくるので意味は無かった。
 そんな時、両手を吸血鬼に取られて勢い良く手前に引かれそのままの勢いで吸血鬼の腕の中にダイヴしたカノははっとしてその腕の中から逃げ出そうとするも力が及ばずにただもがいているだけ。
「さあ、いただきます。」
 にやりと笑った吸血鬼にぞっとするような寒気を感じたカノはどうにかして逃げようとするがどの行為も無駄に終わり、吸血鬼の唇が近づく。
「えっ…………?」
 まさかキスをされるとは思っていなかったのか、顔を赤らめて抵抗するカノだが次第にその抵抗は弱くなっていく。
「やっぱりメインディッシュは最高のシチュエーションで頂きたいわね。 一番最初の子とさっきの子が同じシチュエーションだったから今度はちょっと変えて……」
 力の抜けたカノをうつ伏せに倒した吸血鬼は右腕を背中に回して動けなくし、首に顔を近づけてとがった牙を首元に突き立てる。
「っ――!」
 はっとして目を見開いたカノは自由な方の腕を必死に動かして口をふさぐ。
 抵抗の無くなったカノの首元に吸い付く吸血鬼はその状態でカノの血を思う存分喰らった後静かに口を話持っていたハンカチで口元を拭う。
「やっぱり10代の男の血は美味しいわね……おっとこうしちゃいられない。 ばいばい、坊や達。 また、あいましょう。」
 そういって、パチンと指を鳴らした吸血鬼は窓を割りそこから外へと逃げていった。
 先ほどの指の音により、ぎりぎりのラインで意識を保っていたセトがパタンと力を失い地面に倒れこむ。 止めどなく流れる血が床を汚していく中、パタパタと先ほどの窓の割れた音で集まってきた人がざわざわと騒ぎ始めた頃、一つの悲鳴じみた声が辺りに響き渡った。
「きゃああああああああ」
 その悲鳴に、ぱっとついた電気。 辺りに集まってきていた人もそのついた電気の先に見えた光景に、目を見開くことしか出来ない。
「い、医者をっ――」
 はっとして誰かがそう叫ぶ。 はっとした誰かが医者が寝泊まりしているはずの部屋へと駆けていく。

 丁度その頃、廊下の喧騒に目が覚めた遥とヒビヤは部屋の中にセトとカノの姿がないことで嫌な予感を覚えて慌てて部屋を出て姿を探す。
「セト君、カノ君!」
 無事であることを祈りながら走る廊下、やがて遥とヒビヤは見つけてしまう。 廊下の突き当りのスペースに群がる人たちの姿を。
「……。」
「ねぇ、あれって……」
「行ってみよう。」
 ヒビヤは黙って頷いて遥の服の袖を控えめに握る。
 そうして広がった景色の先、そこには一番見たくないもので。
「セト君……カノ君……!?」
 驚きのあまり叫ぶことも忘れて遥は手に持っていたスマートフォンをかたりと床に落とした。
「……なんで、おじさんたちが」
「ヒビヤくん、ごめん僕ちょっと手が震えてダメだから貴音たちに連絡入れてくれない?」
「う、うん……。」
 そう言うとヒビヤは遥の落としたスマートフォンを手にとって操作を始めた。


 医者に処置を受ける二人の容体はシンタローよりは酷くはないようで、そのことに安心しながら遥は拳を握る。
「……。」
「遥……」
 そんな遥のことを心配しよってきた貴音にも碌な言葉を返せずただごめんとだけ言いながら、部屋から出て行く。
「遥お兄さん……」
「ヒビヤくん……多分、僕達も狙われてると思っていいよ。」
「それは……まあ、正直さっき誰かから見られてるような感じしたし……」
 そう話をしながらセト達が襲われた現場にやって来た遥とヒビヤは、辺りを見回しながら溜息を同時に吐く。
「あれ、なにこれ……」
「どうしたのヒビヤくん。」
「ねぇ遥お兄さん、これもしかしてセトお兄さんのスマートフォンじゃない?」
「えっ、あ、本当だ……でもなんでこんな所に……」
 そう言いつつ遥はそのスマートフォンと手にもつ。 すると、少し熱を持っていた。 その事に違和感を覚えた遥は画面を見つめると、そのスマートフォンはどうやら現在進行形でカメラで録画している最中のようだ。
「……もしかして、」
 そういって録画を終了して動画の内容を確認し始める。 するとそのスマートフォンには一部始終が写り込んでいた。
「これは……」
「この金髪の女の人って吸血鬼……?」
「そうみたい……でも、セト君の抵抗だって何の意味もなしてない……」
 必死に抵抗するのも虚しく、逃げることさえ許されずに……きっとシンタローの時だってそうだったのだろう。 力に者を言わせ、相手のことなんて微塵も考えない自己中心的な吸血鬼に怯え、だれかと助けを請いながら。
「どうしたら……」
「とりあえずさ、部屋に帰らない?」
「……そう、だね。」
 正直言うと今貴音達にあった所でいつもどおり振る舞える自信なんてない。 だって、さっきから僕だって感じているんだから。 ――吸血鬼の絶対零度な視線を。
 本当ならこんな島さっさと出て行けばいいのだろう。 しかし、それは天気によって阻まれていた。 船も、飛行機でさえもこの島にはやってこれない。 それほど海は荒れ果て空は風で吹き荒れているのだから。
「ヒビヤくんを守らないと……」
 あんな小さな子供に恐怖感を与えるわけにはいかない。僕がきちんとしないと。
「遥お兄さん……?」
「あ、ごめんね。行こうか。」
 部屋へと戻ると間もなくして貴音達は部屋を訪れた。
「ねぇ、遥……一体何が起こっているの? 何か、知っているんでしょ?」
「……。」
「遥お兄さん、話さないの?」
「……いや、話すよ。」
 そう言って遥はポケットの中に入っているスマートフォンを握りしめて、口を開いた。





 遥から聞いた話は、俄には信じ難いものだった。 しかし、遥が嘘を言っているとは想えずに貴音たちはその話を黙って聞いている。
「吸血鬼……」
「セト君が襲われる寸前にカメラを起動させていてくれたんだ。 その録画を覧る限りだと、吸血鬼で間違いないね。」
「動画……?」
「うん、襲われる一部始終が撮られていたよ。 ――でも、ごめんね貴音たちには見せられない。」
 そう言う遥に貴音はがたんと机を叩き立ち上がる。
「なっ、なんでよ!?」
「……名誉の為って言ったら分かる?」
 遥の瞳は至って真剣で、貴音たちはその強い眼差しに黙ることしか出来なかった。
「わ、分かった。 ――ねぇ、遥の話聞く限りだともしかして遥とヒビヤも……?」
「狙っていると思って間違いないと思う。 だって、僕もヒビヤ君も……視線感じるし、ね?」
「うん……」
「はあ!? ヒビヤも!?」
 ガタッと立ち上がったのはヒヨリだ。 彼女はヒビヤの顔を見て、悔しそうな表情を浮かべた後音をたててまた座る。
「……狙われているなら時間を置かずにまた来る。 みんなで守らないと。」
 そう貴音は拳を握りながら言う。
「で、でも……セトでも抵抗出来なかったんだよ……?」
 目に涙をためながらマリーはそうつぶやくと、ヒヨリがだんっと大きな音をたてて眼の前の机を叩いた。
「冗談じゃないわ! なんでこんな時に天気大荒れなのよ! こんな大荒れじゃなければこんな島早く出るのに!」
 そう窓の外をみてイラつくヒヨリに何故かヒビヤがビクつく。
「……ヒヨリ?」
「私がヒビヤを守るから。」
「で、でも……」
「うっさい! 守るったら守るの!」
 そう言って少々顔を赤らめながらも守ると宣言したヒヨリは、アヤノ達に目を向けて頷く。
「そうね、私達が遥とヒビヤを守らないと。 ……天気が回復してこの島から出られる日まで。」
「早くシンタローと修哉と幸助を大きい病院に連れて行ってあげたいなぁ……」
 そう言ってアヤノは大きな溜息を吐いた。 それに釣られるようにマリーとキドもまた溜息を吐く。
「セト……」
「カノ……」
 心配なのだろう、キドもマリーも。 いつも笑顔でいた二人だから尚更のこと。
「ほらほら、そんな顔しない。 どうするか話し合わないと。」
 そういって微笑む貴音にアヤノとマリー・キドは顔を見合わせて頷く。
「ね、ねぇ、私達の部屋に一緒に居てもらうっていうのは……?」
 マリーのその提案に遥とヒビヤががたっとして直ぐ様首を横にふる。
「そ、それは流石に勘弁して……。」
 そう必死な形相で言う遥にマリーは首を傾げた。
「え?なんで?」
「だ、だって……貴音と一緒の部屋で……寝れる気がしない……。」
 そう言った数秒後自分の言ったことが恥ずかしくなったのか両手で顔をおおいながら遥はうずくまってしまう。
「なっ、は、遥のばかー!」
 そういって怒鳴る貴音もまた顔は赤く、そんな二人を見ながらアヤノ達は遥のピュアさに心ときめかせていた。
「僕はヒヨリと寝れるなら死んでもいい。」
「アンタ一変海に沈んできなさいよ。」
 そう真面目に言うヒヨリにヒビヤは傷ついた顔をして涙目で言う。
「ひどいよヒヨリー」
「うわ、うっざ」
 そう絶対零度な表情を浮かべて言うヒヨリに撃沈したヒビヤは部屋の隅っこで床をつつき出す。 ヒヨリはため息を吐いてヒビヤに近づくと人差し指をヒビヤに向けて言う。
「とりあえず寝る時意外は私達と一緒に居てよね。」
 そんなヒヨリの勢いに押されヒビヤはただ頷くことしか出来ない。
 少しの静寂の後、こちらの部屋に向かって駆けて来る音が響く。 疑問に想いながらも扉を開けると、そこにはシンタローとセト・カノを見てくれている医者が息を切らせながら立っていた。
「ど、どうしたんですか!?」
「3人の様子がおかしいんだ!」
 医者は慌てている様子だった。 そんな様子に不安を覚えたみんなは直ぐ様シンタロー達が居る部屋へと向かう。 部屋の中に寝かされた3人を見るや否や、それぞれに駆け寄って行く。
「かれこれ一時間前からずっとこんな状態なんだ……何をしても起きないし……」
「苦しそう……少し熱もある……」
「拒絶反応……と見て間違いはないだろうが…… 一体何が……」
 苦しそうに呻く3人に為す術ない医者は悔しそうに3人の汗を拭いている。 拒絶反応とは一体何なのだろうか。
 彼らは一体何に苦しんでいる?
 そう考えるも答えなんて出るわけもない。
 そう、知る由もないのだ。 3人が何に苦しんで、何と戦っているのかを。
「シンタロー君! セト君! カノ君!」
 遥とヒビヤもまたシンタローたちを心配そうに覗き込んでいる。
「とりあえず、君たち寝ていないだろう? この子たちは私が寝ずに見ているから少し休むと良い。 まあ、もう日が昇る時間帯だけれど。」
 ふと振り向けばアヤノはシンタローの手を握りしめ、マリーはセトの手を握りしめ、そしてキドはカノの寝ているベッドにより掛かるようにして眠って閉まっていた。 貴音も、ヒヨリもモモも疲れが出たのかそれぞれ開いたスペースで眠りについているのをみて、遥とヒビヤも目を合わせて頷く。
「じゃあ僕達、部屋に戻って少し寝てきます。」
「何かあったら迎えに行くから連絡して。」
「分かった。 おやすみ。」
 遥とヒビヤの言葉に医者は頷き、その日はそれぞれ眠りについた。

 次に目が覚めたのはなんと、日が高くのぼった12時過ぎ。 遥とヒビヤは慌てて身支度をととのえてシンタロー達の居る部屋へ向かう。
「ああおはよう。 よく眠れたようでよかったよ。」
「え、ああおはよう御座います。 あの貴音達は……?」
「ああ、彼女たちなら少しお腹がすいたらしくてね、下の売店に行ったよ。」
「そうですか……」
 安心したようにため息を吐いた遥をみて、医者は微笑みながらシンタロー達の今の容体を話し始める。
「シンタロー君の容体は未だに良いとはいえないね。 でも輸血はしたからあとは時間の問題だろう。 他の二人はまだまだ寝ている必要がありそうだ。」
「そうですか……」
「君たちも何か食べに行ったらどうだい?」
「そうですね、少し失礼して食べてきます。 行こう、ヒビヤ君。」
 部屋を出る間際に医者に会釈をし、遥とヒビヤもまた売店へと向かった。

 それから何事も無く、落ち着いた時間が流れていた。 相変わらず天気は荒れに荒れ、日も沈む頃には雷までなりだしていた。 雷の音にビクビクしている女性陣をなだめていると、容体が安定していた3人が再び苦しそうにしだす。
 医者も慌ただしく動く中、遥はふととあることを思い出した。
「貴音、お願い。 僕の部屋にセト君のスマフォがあるんだ。 それを持ってきてくれる? あと、タオルも!」
「えっなんで?」
「理由はあと! お願い!」
 遥の表情を見て貴音は黙って頷くと、女性陣の方へ振り返る。
「みんな、手分けしてタオルかき集めるわよ。」
「了解!」
 貴音の言葉にみんなして頷くと、部屋を出て行く。 貴音は部屋を出る間際医者の方に顔を向けて口を開く。
「遥達のこと、よろしく。」
「ああ、任せてくれ。」
 医者の言葉を聞くと、貴音は遥に目をむけて笑顔で頷くと部屋を出て行く。
 それを見送った医者は残り少ないタオルを手に、苦しむシンタロー達の汗を丁寧に拭う。
「――あ、あの手伝います。」
「ああ、ありがとう。」
「ぼ、僕も手伝います!」
「助かるよ。」
 医者は優しく二人にタオルを手渡し、遥達はそれを受け取りそれぞれ苦しそうにするシンタロー達の汗を拭いていく。
 数十分後――一つの雷が光輝きその轟音を周囲に轟かせ部屋の電気がぱっと消えた時、雷の音にまぎれて窓ガラスが割れる音が鳴り響いた。
「えっ……?」
 部屋の扉側に居た遥がその音で振り向けば、ヒビヤのすぐ後ろに一つの影が居た。 はっとして、遥はヒビヤの方へと走りその影との間に割り込む。
「は、遥お兄さん!?」
「ヒビヤ君下がって!」
 そう言いながら遥は部屋の内部を見渡す。 すると、ベッドの側に医者が倒れていた。 イマイチ状況が飲み込めずに遥はその影を睨みつけていると、その影は怪しく笑い始める。
「こんばんは、坊や達。」
 割れた窓ガラスから雨が吹き込み、苦しむシンタローたちを濡らす。 その光景をみた遥は、拳を握った。
「何のご用ですか。」
「あら、冷たいわね。」
「なんで貴方のような方に優しくしなければいけないんですか? 僕たちは大切な友人を傷つけられているのだから、貴方を嫌うのは当然でしょう。」
 震える手を握りしめ、遥は目の前に居る吸血鬼を睨みつけて言う。 そんな遥の様子に表情を変えること無く彼女は口を開いた。
「そういう生意気な子、私大好物なの。 だからこの子の血、飲み過ぎちゃったのよね。」
 言いながら吸血鬼はシンタローの頬に手を当てて、愛おしそうに撫で回す。 未だに苦しそうにしている彼の様子なんてお構い無しだ。
「シンタロー君から手を離してください! 彼は貴方のものじゃない。」
「イヤよ、だってこの子達はもう私のものなんですもの。 この子達のこの苦しそうな表情、とても魅力的だわ。 お腹がすいてきちゃう。」
 瞬間、大きな雷が辺りを明るく照らし見づらかった吸血鬼の顔が鮮明にみえた。 その顔に遥の恐怖は増すばかりだ。 だって、眼の前の吸血鬼の表情はとても飢えていたのだから。
「は、遥お兄さん……」
 心配そうに遥の後ろから顔を覗かせるヒビヤに、精一杯笑いかけて気丈に振る舞う遥の姿を見て吸血鬼は初めて表情を変える。
「あなた遥っていうのね。 とっても可愛い名前ね、気に入ったわ。 ――貴方は最後にしてあげる。」
「……え?」
 一瞬何が起こったのか脳の処理が置いつかずに、呆然としてしまう。 赤いめを更に赤く輝かせた眼の前の吸血鬼は、何かを口走り、にやりと笑った。 ――すると、今まで苦しみながらも意識が回復することの無かったセトとカノが目を開けて、起き上がる。
「セト君、カノ君……?」
 遥が名前を呼んでも、彼らは返事をしない。 それどころか、何処か様子が変だった。 やばい、これは、やばいと本能的に感じた遥は後ろに居るヒビヤに小声で言う。
「ヒビヤ君、逃げて。」
「え?」
「早く!」
 遥の声にはっとして、ヒビヤは部屋の扉に向けて一目散にかけ出した。 追うとする吸血鬼を牽制しながら早く逃げてくれと願う。 やがてヒビヤの手が廊下と部屋を隔てる扉に手を触れ、開けるために扉を手前に引いた。 しかし、その扉が開くことはない。
「は、遥お兄さん! 鍵開いているのに扉が開かない……!」
「えっ、なんで……!?」
 扉が開かない事に軽いパニックになった遥に吸血鬼は高らかに笑う。
「私が何の準備もせずに来るわけないじゃない?」
「……っ」
 どうしよう、どうしようと考える中ふと遥は違和感を覚えた。
「えっ、セト……君? カノ君……?」
 ちょっと思考から二人のことが抜け落ちた瞬間を見計らい、セトとカノは無言のまま遥を二人がかりで押さえつけていたのだ。
「なっ……なに、して……」
 遥はセトとカノの拘束を振り切ろうと藻掻くが、二人の力は想像以上に強くて振りきれない。
「いい子ね。」
 そんな遥をホールドするセトとカノの頭を両手でそれぞれなでた吸血鬼はキスをする寸前まで顔を遥に近づけて、つぶやく。
「そこで見ているといいわ、これから貴方が何をされるのか。 あの子が何をされるのか。」
 その言葉に目を見開かせる遥を尻目に吸血鬼の瞳はヒビヤの方へと向けられた。 恐怖に歪むヒビヤに一歩ずつ近づいていく彼女に遥ははっとして叫んだ。
「ヒビヤ君!」
 玄関の前で腰を抜かしていたヒビヤはその叫びで、かろうじて吸血鬼の手を逃れ部屋へと逃げこんでくる。 しかし、部屋から出ることができない今、その抵抗は最早無意味だった。
「すばしっこいのね。 でも、私からは逃げられないわ。」
 そう言うと、吸血鬼は逃げまわるヒビヤの手を掴んだ。 力のままに振り向かせたヒビヤを、そのまま地面に押し倒した吸血鬼はヒビヤに馬乗りになりながら笑う。
「は、離せよおばさん!」
「あら、はしたない子ね。 おばさんじゃなくて、お姉さんでしょ?」
「う、うっさい! 離せよ!」
「そういう子、嫌いじゃないわ。」
 そう言うと、吸血鬼はヒビヤの両手を片手で床に押さえつけて固定してもう片方でヒビヤの顎に手を添えて顔を固定した。
「やめろ!!」
 セトとカノに押さえつけられている遥が声をあげる。 それにちらりと振り返り、ニヤリと笑いかけた吸血鬼はヒビヤの唇に食いつくように己の唇を寄せた。
 足を必死にばたつかせて抵抗するヒビヤだが、次第にその抵抗は吸血鬼に生気を吸われたことにより消え失せていく。 やがて抵抗がなくなった頃に、吸血鬼は唇をヒビヤから話して、遥の絶叫を耳にしながら首元に噛み付いた。

 1分ほどその状態で血を飲んでいた吸血鬼は、ようやく唇をヒビヤの首元から離した。
「この子はまだ小さいから飲み過ぎると本当に死んじゃうものね、今日はもう独り上物がいるからよしとしましょう。 さぁて、今度は貴方の番よ? 遥君?」
 ほほ笑みに悪寒を感じた遥は恐怖で泣きそうになりながらも気丈に吸血鬼を睨みつけた。 そんな遥の顎に手を添えて上へ向かせ、吸血鬼と目が合わさる。
「いいこと教えてあげるわ。 私に血を呑まれたら、その子は永遠に私の下僕となるの。 私が命令すれば自ら命を絶たせることだって余裕なんだから。」
「そんな……」
 目を見開かせて、瞳を揺らす遥に吸血鬼は顔を近づける。
「シンタロー君が目覚めないのは、私がそういう命令をしているからなの。」
「な、なんで……」
「なんでそんなことするのかって? だって、彼すっごく美味しかったんだもの。 さあ、おしゃべりはここまでよ。 さて、じゃあいただきます。」
「たっ……」
 唇が合わさる寸前、遥は思わず貴音の名前を口にしようとしそれさえも遮られて無情にも唇は合わさり、遥は目を見開かせた。



「……遥?」
 一方、貴音は男子組の部屋へとやって来ていた。 なかなかセトのスマートフォンが見つからずに探しまわっていた頃、ふと遥の声が聞こえた気がしたのだ。
 なぜだか胸がざわついた。 嫌な予感がする。
「……ま、まさかっ!」
 そんな中でとある可能性に行き着いた貴音はやっと見つけたセトのスマートフォンを片手に男子組の部屋を飛び出した。
「遥っおねがい、無事で居て……!」
 一目散にかけて行く先は、遥達の居る部屋だ。 行く道中でみんなと合流して、かけていった先、扉を開けようと貴音がドアノブをひねり押して見るけれど、扉は空く気配を見せない。
「なんで……なんで、開かないの……だって鍵は開いているのに……!」
 徐々に焦り始める女子陣。 ガタガタと扉を開けようと四苦八苦していると、中から物音が聞こえた。
「遥っいるの!?遥!!」
 扉をドンドンと叩く貴音が叫ぶ。 しかし、中から返事は無かった。
「ヒビヤっ! 居るなら返事しなさいよ!!」
 ガチャガチャとドアノブを回す。 やがて、今まで頑なに開かなかった扉が開いて雪崩れ込むように部屋へと入っていけばそこには信じがたい光景が広がっていた。
「遥!」
「ヒビヤ!」
 窓ガラスが割れて雨が吹き込む部屋、遥は見たこともないような人物に抱きかかえられてぐったりとしていた。 室内を見渡せば、セトとカノ、そしてヒビヤがぐったりと倒れている。 ヒヨリはヒビヤの方へ真っ先に駆け寄って名を叫ぶ。 しかし、ヒビヤは目を覚まさない。 それどころか、首元の傷から血がとめどなく流れているため、命の危険さえある状況だ。
 ヒヨリは持っていたタオルでヒビヤの首元の傷を抑えると叫んだ。
「ふざけんじゃないわよ! 私の男に何してくれてんのこのババァ!」
 続いて貴音も誰かを殺せそうな瞳で吸血鬼を居抜きながら口を開いた。
「遥を離しなさいよ!」
 その言葉を聞き入れたかどうかは分からないが、吸血鬼は不敵な笑みを浮かべて遥を床に寝かせ、自分の口元についた血を、ハンカチを取り出して拭うと近くのベッドに寝ていたシンタローを抱え上げた。
「シンタロー!」
 未だに寝たままである彼が抵抗出来るはずもなく、抱え上げられたシンタローを見つめてニヤリと笑う吸血鬼はアヤノに目を向けて口を開いた。
「この子頂いていくわね。」
「ふざけないで!! シンタローを返してよ!」
「お兄ちゃんから手を離して!」
 アヤノとモモが必死に叫ぶ声を無視して、吸血鬼は割れた窓ガラスを気をつけてくぐる。 雨に濡れる吸血鬼と抱えられたシンタローに、はっとしてアヤノとモモは走り寄って手を伸ばすけれど、後数センチ届かずに吸血鬼は暗闇に消える。 虚しくのばされた手を悔しそうに握るアヤノは雨に濡れながら必死に叫んだ。
「しんたろおおおおおお!」
 しかし、叫んでも名を呼んでも彼が答えることはない。 必死に声を出したのにその声すら雨風の中に消えていくのだ。 どうしようもない無力感に苛まれる中で、アヤノを現実に引き戻したのは貴音の手だった。
「……アヤノちゃん、風邪引いちゃう。 モモも、中にはいったほうがいい。」
 そう言う貴音の表情は冴えない。 きっと彼女もまた悔しいのだろう。 アヤノとモモは貴音に手を引かれて部屋の中に入っていく。 まずはヒビヤと遥の治療が先だろう。 倒れている医者を起こさなければ。
「マリーお願い、お医者さんを起こしてくれる?」
「わ、わかった!」
「ヒヨリ、ヒビヤのことは頼んだわよ。」
「任せて。」
「アヤノちゃん、モモ力を貸して。 セトとカノをベッドに寝かせなくちゃ。 キド、お願い遥の首もとを抑えていてあげて。」
 貴音の言葉に無言で頷いたキドとアヤノとモモに目を向けて安心させるように微笑んだ貴音は、無言でセトの方へと歩いて行く。



 あの時、私には遥の助けを求める声が確かに聞こえていた。 あの遥が、私に助けてと言っていたのだ。 昔、遥が病気がちだった頃だって私に弱音を吐かなかった遥が初めて私に弱音を吐いた。
 本当に怖かったのだろう。 セトの抵抗さえ可愛く思えるほどの力で押さえつけられたのだろう。 どれだけの声をあげようと誰にも届かない中で、必死に私を呼んでいたのだろう。
 そんなことを考えていると、ついつい拳を握りしめてしまう。 遥が私を頼ってくれたのに、私は遥に何もしてあげられなかった。
 どうして私は無力なのだろうか。 どうして、遥に何もしてあげられないのだろう。遥はいつも私に沢山のことをしてくれるのに。
「貴音さん……」
 浮かない表情を浮かべる私を心配したのだろう、アヤノが私の顔を覗き込んでいる。 一拍おいて驚く私にアヤノもまた驚いて静寂が訪れる。
「ごめん。」
「……謝るのは私の方です。 貴音さんだって悔しいのに自分のことばっかり……」
 アヤノはそういって無理に笑う。 状況が状況なだけに貴音も釣られるように苦笑いをこぼした。 目線の先には医者からの処置を受ける遥とヒビヤが見える。
「……守るって、言ったのに。」
 そうぼそっと行ったのは一体誰だったのだろう。 分からないけれど、全員がその言葉に悔しそうに拳を握りしめてしまう。
「すまない……」
 医者が申し訳なさそうに頭を垂れた。 慌てて貴音さんが顔を上げてくださいをと言えば、医者はようやく顔を上げる。
「シンタローを取り戻したい……そのためには貴方の助けが必要です。 ……力を貸してくれませんか?」
 アヤノが医者の瞳を真っ直ぐみて口を開いた。 医者はその言葉に力強く頷いた。
「全力を尽くそう。 ――私は何をすればいい?」
「あの女吸血鬼について出来る限りの情報を集めて欲しいんです。」
 医者は力強く頷くと携帯を取り出し、誰かへ電話をかけた後口を開いた。
「私の家内を此処へ呼んだ。 彼らのことは家内にまかせて、私はあの吸血鬼に関する情報を調べてまわろう。」
「ありがとうございます。 貴音さん、私と二人で幸助のスマフォに残されていた動画をチェックしましょう。」
 医者にお礼を告げ、アヤノは貴音に目を映して口を開く。
「そうね。 他のみんなは男子たちの側にいてあげて。」
 貴音の言葉にキドは頷く。 それに続くようにマリーとモモとヒヨリも頷いた。
「分かった。」
「じゃあアヤノちゃん行くわよ。」
「はい。」
 その返事を聞くと、アヤノと貴音は部屋を出て行った。


 別の部屋に移ったアヤノと貴音はセトのスマフォに残されていた動画を確認していた。 そして、何故遥が私達に見せたくなかったのかを把握する。
「幸助の抵抗が子供のように……」
「それほど力が強いってことね。 ……それよりも、このシーンのセト目が赤くなってるけどこれは何を意味してるのか……能力を使ったってこと……?」
「でも、この状態で幸助の能力使っても……」
「そうよね……」
 動画を見て分かったのは、男子達の抵抗が子供のように軽々しく吸血鬼に防
「ここ、吸血鬼……なにか幸助の耳元で囁いてません? もごもごして聞き取れないんですけど……」
「確かに……ここ聞きとれたら何かわかる気がするのに……」
「…シンタローは一体どこへ連れて行かれたんですかね、貴音さん……」
「これは推測なんだけど、この島の一番高い山の頂上付近にこの島にそぐわない洋館が見えたのよ。」
「えっ、そんなのが……」
「シンタローは気づいていたようだけどね。」
「そうなんですか?」
「だってシンタロー、この島きてすぐに気がついてその館見つめていたもの。」
「……晴れたらその館に行ってみますか、みんなで。」
 私達はシンタローを何をしてでも取り返して、またみんなで帰るのだ。 だからこそ、今ここで諦める訳にはいかないし立ち止まるわけにも行かない。
「私ね、あの時遥の声が聞こえた気がしたの。」
「貴音さん……?」
「そう、確かに聞こえた。 私を呼ぶ遥の声。 なのに私はっ……」
 貴音はそう言うと悔しそうに拳を握る。 そんな彼女をみてアヤノもまた、目を伏せて考える。
 きっと貴音には年長者としてのプライドがあった。 だからこそ、あの場で冷静沈着に振る舞おうとして、それを実行した。 しかし悔しい気持ちには変わりなく、あの場で一番冷静さを失っていたのもまた彼女だったのだろう。
「……貴音さん、一緒に取り戻しましょう。」
「そうね、こんな弱音ばっかり吐いてられないわ。 アヤノちゃん、戻りましょうか。」
「はい!」
 そういって部屋に戻ると、そこには驚くべき光景が広がっていた。
 なんと、男子たちが目を覚ましたのだ。
「ちょ、遥大丈夫なの?」
「あ、うん、よくわからないけど大丈夫。」
「でも、だって……」
「ほら、元気元気!」
 そういってはしゃぐ遥に、貴音は少しの違和感を覚える。 しかし、違和感の正体はわからなかった。 まあいっか、なんてその時は軽く考え流してしまったが、その違和感こそが、答だったのだ。 状況と、彼らのこの何処か違う態度を総合して考えれば答えなんて容易に想像できたろうに、当時の私達はそれを軽く考えて流してしまったせいで、後に起こる事態を防ぐことが出来なかった。
 だけどソレはまだ先の話。

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