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 あれから俺は、目隠しと手を後ろ手で拘束され車に連れ込まれた。 何分くらい経っただろう、恐らく30分ほど経ったと思う。 とある場所で停止した車は完璧にエンジンを止め、そして運転手らしき人物が車から降りる音が聞こえた。
 その数秒後、乱暴に車から降ろされた俺は引っ張られるように建物らしきところへと連れ込まれた。 男たちは俺の衣服を何かに着替えさせて、椅子に座らせる。 ロープで足と上半身を椅子に固定された。 靴を取られなくて本当に良かったと思う。 なんでかといえば、発信機は靴の中に仕込んであるのだから。
 ようやく俺の目を覆っていた布がはずされて、目に入ったのは数人の男とどこかの研究所と思わしき建物の内装。
「……」
 何も言えずに周りの状況把握をしていると、男たちの中の一人が喋り出した。
「此処がどこだか聴きたげな顔だね。 でもこの場所がどこなのかは教えられないよ。」
 別に教えてくれなくてもいい。 だって俺は、小型の発信機を今現在も持っているのだから。 しかし其れを悟られてはいけない、ここは不安そうに見繕わなければ。 相手に"俺は頭がいいだけの一般人"だと印象付けるために。
 静かに瞳を逸らした俺に男は怯えていると解釈してくれたらしく、鼻で笑い俺を見下した。 ちょろいもんだ。
「俺達はね、脳の研究をしているんだ。 麻薬とかを売って得たお金を研究資金にしている、言わば違法研究施設さ。」
 堂々と違法研究施設と言い放ったこの男の謎の余裕は一体どこから湧いてくるのだろう。 普通こういう単語は口にも出したくないはずだ。 何故なら逮捕されるリスクが高まるから。
「君に協力して欲しい事は唯一つ、その脳のメカニズムを俺達に調べさせて欲しいんだ。 君のその異常な程いい頭の仕組みと、瞬間記憶能力の秘密がわかれば俺達は万々歳なんだよ。」
 そう俺は異常に良い頭と瞬間記憶能力があるお陰で事あるごとに、悩まされてきた。 どんなゴミみたいな記憶さえも忘れることが出来ないからだ。 いいことばっかりじゃなくて、むしろ不便に思うことのほうが多い。
「……どうせ俺には拒否権なんて無いんだろ?」
「状況を把握してくれているみたいで何よりだよ。 そう、君に拒否権はないに等しい。」
「なら勝手にやればいい。 俺は抵抗もしなければ、暴れたりもしないさ。 このくらいあいつらを守るためなら軽いもんだ。」
 嘘八百だこんなの。 本当は抵抗したいし、暴れたいし、逃げたいし、怖くてたまらない。
 だけど、俺は生きる意味を教えてくれたあの場所を、居場所をくれたあいつらを守りたい。 たとえ自分を犠牲にしてでも。
「ほう……その結果、君がどうなるか分かっているのかい?」
「やめてくださいって言えばやめてくれんのかよ。 俺達から手を引いてくれるのかよ。 ちげーだろ。 御託なんか聴きたくねぇんだよ。」
 どうせ俺が抵抗しても無意味だ。 そんなの分かりきっているからこそ、俺は無駄な足掻きをして余計な傷を増やしたくなかった。 俺自体、別に怪我をしようがどうでもいいと思っているのだがその怪我を見てあいつらが傷つくなんてわかりきっていることだ。
「物分かりがいいようで助かるよシンタローくん。 まぁ、少しつまらないっていうのはあるけどね。」
「……。」
 面白がられてたまるかよ、こっちは命がけなんだ。 一歩間違えれば命が危ういこの状況で、冷静さを保つために脳内で必死に自分を落ち着かせる。 こういう時の焦りは一番危ないものなのだから。
「君が盗んだ数字の羅列はね、この研究所に協力してくれている麻薬密輸組織の顧客情報にアクセスするためのパスワードなんだよ。 長い数字だったろう?20桁のパスワードだからね。 念には念をってわけ。」
「20桁のパスワードも覚えられないのかよ。」
「僕達は君みたいに記憶力がいいわけじゃないただの一般人だからね。」
 まるで俺が一般人じゃないかのような言い草だ。 化物とでもいいたいのだろうか。 失礼極まりない。
「念を入れすぎてパスワードすら覚えられないなんて本末転倒じゃねえか。」
「まぁそうだね。」
 物腰が柔らかく、とても違法な研究をしているとは思えないこの男。 しかし、その柔らかい表情とは裏腹に瞳の奥に灯る鋭い眼光はとても恐ろしい。
 この先俺に対してどんな事が行われるのだろうかと考えるだけで手が震えてくるが、それを悟られないようにひたすら男を睨みつける。
「あ、そうだ。 君にプレゼントがあるんだ。」
 いらねぇよ、本当。 どうせろくなもんじゃねえんだろうが。
「……まぁまぁ、そんな顔しないでくれよ。」
 そんな事を言いながら俺の両足首になにか取り付けた。 ―ーその直後、俺はとある違和感に首を傾げる。
 え、なんだよこれ。 俺に何をしたんだよ。
 軽く脳内がパニックに陥り、男の顔を見つめることしか出来ない。
「君が逃げられないように、念には念をってね。 どうだい? 足、動かないだろ?」
 足の黒光りする何かは、俺の両足を動けなくさせる効果があるようだ。 どんな仕組みなのかは知らないが、触られている感覚すら無いことを考えれば麻痺しているといったほうがいいのだろうか。 ようやく俺の体を椅子へ縛り付けていたものが解かれ、自由の身になった俺だが肝心の足が動かないためそのまま椅子に座っていることしか出来ない。
「まぁ、今日何かしようってわけじゃないさ。 今日くらいはゆっくり休みたいだろう? 君のお部屋に案内するよ。」
 そう言うと俺は車椅子へと移されて、無機質な建物の中を移動した。 相変わらず足はいうことを聞く様子はなくて、逃げることも出来ずに案内された部屋は窓のない部屋で、ひどく無機質な白の壁紙のそして、少しクッション性のある床と壁。
 男は俺を部屋の床の上に下ろすと、笑いかけてその部屋を出て行った。 依然として足が動かないため、逃げることはおろかこの場所から動くことさえままならない。 なんとか壁により書かれるところまで移動する。 ―時刻はまだ午前の9時でやることなんて何もないし、眠くなるはずなんて無く、むしろお腹が空いてきてしまう。 そう言えば朝ごはんすら食べられずに此処に連れて来られてしまったのだった。
「……お腹すいたなぁ。」
 独りの部屋で、呟いた。 それは誰にも届くこと無く無機質な部屋の中で消えていく。 みんなは今、どうしているだろう。 俺の考えた作戦を実行してくれているのだろうか。 そんなことを考えながら、必死に気を紛らわせる。 何も考えていないと、お腹が空いて仕方がないから。
「(5……0……1……7……1……1……1……5……8……7……9……1……9……4……2……0……8……4……2……1…… 顧客情報にアクセスするための20桁のパスワード、あいつらこれ必要なはずなのに聞いてこなかったな。 資金繰りに余裕があるからか? 今のところ、能力も俺が隠し持ってる発信機もバレてる様子がないし…俺の脳のメカニズムを調べるなんてもっともらしいこと言ってるが、まさか、俺をさらった理由は別にあるんじゃ……)」

 可怪しいと思っていた。 この無機質な建物といい、俺のこの待遇といいい、そうして今日何かするわけじゃなくただ閉じ込めておくだけというこの状況といい、俺の脳を調べるのならさっさとやりたいはずだ。
 此処がいつまでバレずに入られるかなんてわからないわけだし、やれることは今やっとくべきなのではないだろうか。 それなのに、だ。 あいつらは俺をこの部屋に閉じ込めて逃げられなくして、後何をするわけでもない。
 確かにこの建物は見かけは研究施設っぽいし、きっと設備も整っているのだろう。 しかし、中にいる人間は研究者というよりも、少し言動の丸い暴走族やマフィアのそれに近い。
 タバコの臭いもしたし、お酒の匂いもした。 サングラスをかけている奴もいたし、装飾品がジャラジャラしているやつだって居た。 このメンツの何処をどう見れば研究者に見えるのだろう。
 つまり、だ。 俺が考えるに此処は違法研究施設と名を借りた別の組織。
 何故研究施設に擬態しているのかは分からないけど、きっとこれにはわけがあるのではないだろうか。 昨日の今日で俺を急いで迎えに来て、そうして何をするわけでもなく閉じ込めておくだけ、この点の不可思議さをどうにかしてみたい。
 あの部屋からこの部屋までそんな変わった点はなかったはずだ。 あの部屋は見たところ、パソコンが5・6台は合った。 其の全てがデスクトップ型であり、ノートパソコンは1台もなかった。 ホコリにまみれた様子もなかったし、この施設にきて数ヶ月は経っている。
 廊下もきちんと掃除されていたが、他の人を俺は見ていない。 俺を攫いに来たメンバー以外の人の気配がまるでしなかったのも変だ。 こんなハイテクな足枷を持ってるということはそれなりにお金も有り、権力も持ち合わせている組織なのだろうが、メンバーは少なめなのだろうか。

 そしてあの20桁の数字の羅列は本当に麻薬の顧客情報にアクセスするためのパスワードなのだろうか。 何かのパスワードなのは恐らく間違いは無いだろう。
 だが、麻薬の顧客情報なのかはまだまだ怪しい。 だって俺があの日潜入した組織のパソコンに麻薬とか麻薬の隠語みたいな言葉はひとつもなかったのだ。
 俺に気安く話しかけてきたあの男、サングラスを掛けていて顔の全体像は分からなかったがあの男の体臭のあの甘い匂いは糖尿病の初期症状だ。
 俺は幼いころ、こんな匂いを漂わせている男に出会ったことが合った。 幼い俺にしつこくつきまとってきたあの男は知らないうちに消えていた。 そのおかげで忘れていたが、あの時話しかけてきたあの男が今回俺をさらった男なのだとしたら、まさか、俺をさらった目的は脳のメカニズムを解明するための研究とかそういう生ぬるい理由なんぞではなく、俺を、精神的におかしくさせていいように操るため?
 このシンプルすぎる部屋に閉じ込めで精神的におかしくさせるのが目的なのだとしたら、恐ろしい限りである。

 俺はどこかでこんな話を聞いたことがある。 それは、白い部屋に拘束衣で閉じ込めそして味のない食事と柔らかめの床と壁其の中で数週間暮らすと幻覚が見えてくる、と。 俺のこの味気ない白い服がもしも拘束衣と呼ばれるものか、あるいは拘束衣と似たようなものなのだとしたら。

 ――そう考えた途端、シンタローは脳内で軽くパニックを起こしていた。 なんとか落ち着こうと深呼吸をするが、思うように行かない。 俺の想像が全部全部あッていたとしたら、俺は半端無くヤバイ状態にあるのではないだろうか。 くっそ、なんだよあいつら。 本当に人間かよ。

そうしてシンタローは縋るように手を握りしめ、ひたすら心の中で助けを求めた。
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