01
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 その日、私はテストの成績が良くなくて放課後に残り課題を片付けていた。 向かい合わせにくっつけた机の上、私の目の前にとても眠そうに首をこくりこくりとさせるシンタローの姿がある。 そんな彼の姿にくすりと笑いながら、最後の問題の答えをシャーペンで書いていく。
「やっと終わった……」
「やっとか……」
「付き合ってくれてありがとう、シンタロー。」
「早く提出して帰ろうぜ。」
「うん、ちょっと行ってくるね!」
「おう、はやくしろよ。」
 シンタローを教室に残し、私は静まり返った廊下へと足を踏み入れた。 夕焼け色に染まるオレンジ色の廊下を進みながら、帰りはシンタローとどういう話をしようかなんて考えて足並みは自然とスキップになっている。
 担任の先生に課題を無事に提出し、再び教室へと入った私の目に飛び込んできたのは窓の外を見下ろすシンタローの姿。
「シンタロー、どうかしたの?」
 そんな私の声にビクッとしながら振り返ったシンタローはニヤリと笑って窓の外を指差す。
「え? ああ、見てみろよ。 あそこ。」
 シンタローが指を刺す先には見知った顔がふたつ。
「あ、貴音先輩と遥先輩だ!」
「遥先輩、さっきからずーっとあそこでお菓子をバカ食いしてるんだぜ。」
 そう言って楽しそうに笑うシンタローに私は先輩たちに目を向けながら口を開く。
「シンタロー、よく笑うようになったね。」
「……そうか?」
「そうだよ!」
 そう、彼はこの学校に来て先輩たちと出会って話をするようになってからとても良く笑うようになった。 まるで中学校のシンタローとは違う性格になったみたいだ。
「……多分、先輩達とアヤノのお陰だな。」
「私も?」
「当たり前だろ。 先輩達と出会わせてくれたのはアヤノだしな。」
 そう言い彼はまた笑う。 とても楽しそうに話す彼の横顔に惹かれ、じっと見つめる私にシンタローは怪訝そうな顔で首をひねる。
「どうした?」
「あ、なんでもない! あ、ねぇシンタローもし良かったらもう少し二人で教室に居ない?」
 帰り支度をしていた手を止め振り返るシンタローに笑いかける。
「……早く帰らないでいいのか?」
「今日はそういう気分なんだ。 ……ダメ?」
「別にだめじゃねぇけど……教室で何をするんだ?」
 そういうシンタローに私は拳を握りバクバク言う心臓の音を沈めるように深呼吸をした後、顔をばっと上げた。
「ねぇシンタロー。 ……聞いても良い?」
「何をだ……?」
 彼はまっすぐに私を見る。 これはチャンスだ。 一世一代の大チャンス。 此処で決めなきゃ女が廃るというもの。
 冷静になれ、私。
「……この間の文化祭の後、女の子に告白されてたよね?」
 そう問いかけた私にシンタローはがたっと立ち上がり顔を赤くした。
「な、なんで知ってっ……」
「知ってるもん。」
 むっと膨れる私にシンタローは首を横にかしげる。
「どうしたんだ?」
「返事はどうしたのかなぁって、思って……」
 ドキドキと高鳴る鼓動。 答えを聞くのが怖くないといえば嘘になる。 これでシンタローが告白を受け入れていたらきっと立ち直れないから。
「……たよ。」
 ぼっと言葉を口にしたシンタローだが、私にその言葉の全部は届かない。
「え? ごめんね、良く聞こえなかった……」
 そう言って首を傾げた私にシンタローは覚悟を決めたように声のボリュームを少しだけ上げて宣言するように口を開いた。
「アヤノが居るから断ったって言ったんだよ。」
「……え? そ、それって……」
「――俺はな、好きでもねぇ奴にこうして放課後遅くまで残って勉強を教えるほど優しい性格じゃない。」
 そう言った彼の表情は夕日に照らされて見えない。 しんと静まり返った教室に響くのは二人の呼吸のみだ。
「……そっかあ。」
 彼の言葉を噛みしめるように発せられた言葉には、嬉しさが滲みだす。
「ねぇ、シンタローお願いがあるの。」
「なんだ?」
「私馬鹿だからさ、ちゃんと言って欲しいんだぁ。」
 私はずるいなあ。 恥ずかしがり屋で、自分の感情を口にだすことが苦手なシンタローにこんなことを頼むなんて。
 赤面したシンタローの表情を見て笑っているなんて。
「……一度しか言わねぇから、良く聴けよアヤノ。 俺はな、お前が隣に居てくれるのなら世界一幸せになれる自信がある。」
 その言葉は静かな教室内に響き渡り、私の心を包み込むように静かに耳に届いた。 あのシンタローの瞳は私をまっすぐに捕らえて、微笑む。
 嬉しさのあまり涙が流れ震える声で私は口にした。
「私ね、ずっとシンタローだけを見てた。 表情変化が無くて、いつもつまらなげに教室の窓から空を見上げるシンタローの瞳にずっと惹かれていたの。 高校に入る前から私の心はずっと君のもの。 私、シンタローが好き。 世界で一番、シンタローが好きなの。」
 涙で震えた声だが、彼のもとにはちゃんと届いたようだ。 彼もまた赤面しつつ嬉しそうに笑うと私の両肩に手を置いた。
 その次にくる行動が一体なんなのか、なんて関係ない。 彼からしてもらうことならきっと私はなんだって受け入れられる。
 ごくりとなった彼の喉、緊張しているのだろう。 そんな彼の様子を愛おしく想いながら私は瞳を閉じた。
 数分の間を超えて、シンタローは決意したのだろう。 彼は私の両肩に置いた手に少しだけ力を込め手前にぐいっと引っ張った。 抗うこともなく彼の懐に飛び込む私をシンタローの両腕が包み込む。
 目で、耳で、体の全部で感じるシンタローのぬくもりは途方も無い安堵と安心感があった。
 やがて下校時間を知らせるチャイムが鳴り響くと、私もシンタローも名残惜しそうに離れる。 見つめ合う目と目、彼の顔は赤く私は微笑んだ。
「なんだよ。」
「シンタローの顔、赤いね。」
「……夕日のせいだろ。 そういうお前も赤いぞ。」
「そうだね、私もきっと夕日のせい。」
 そんな他愛もないことを言い合ってくすりと笑う。
「……帰るか。」
「うん!」
 素早く帰り支度を済ませ、学校をでた私達。 縮まった距離の中、ふとさっきまで先輩たちがいたベンチを見たがそこに二人の姿はなかった。
「……ん、」
 短く言葉にしたシンタローは、手を差し出す。 はっとした私は戸惑いもなくその手を掴んだ。 手を繋いで歩き出した帰り道、互いに会話は無く初々しい静寂が流れる中で私に真実を教えてくれるのは手から伝わる彼の体温。
 誰よりも優しく、誰よりも強く、そして誰よりも傷ついてきた彼の愛おしい体温、それを感じる私は自然とほころんでいく。
「なぁ、アヤノ。」
 初々しい静寂が流れる中、声を発したのはシンタローの方だった。
「ん、なに?」
「俺の秘密の場所、行ってみるか?」
 そう言って彼は私の弟が得意そうなポーズをとって悪戯にニヤリと笑った。 彼のそんな表情を見たのは私でも初めてだ。
「秘密の場所?」
「そう、俺しか知らない秘密の場所。」
「行きたい!」
「じゃあ行くか。 親には連絡しておけよ?」
「うん!」
 返事をしながら私はバックから携帯を取り出し、親に素早くメールでの連絡を済ませる。
 その後シンタローは私の手を握り誘導するように歩く。 やって来たのは人気のない小高い丘の上。 そこからは満点の星空が綺麗に見えた。
「わぁ、綺麗……」
「ここ、嫌なことがあったりした時に一人でこっそり来るんだ。」
「嫌なこと……?テストの点が低かった、とか?」
「アホか、お前じゃあるまいし。」
「ひどいー!」
 あはは、なんて笑い合って暫く二人で星空を眺めていた。 そんな静かな空気の中、シンタローはアヤノの手を握りしめたままふっと笑う。
「どうしたの?」
「いや、この場所知ってるのは俺とアヤノだけだなって思って。」
「二人の秘密の場所、だね!」
「――なぁ、アヤノ。 また二人で此処に来ような。」
「もっちろん!」
 そう輝く笑顔で返事した私にシンタローは赤い表情のまま、決意したかのように再び私の肩に手を載せると、私のおでこに静かに唇を寄せる。
ばっと顔を赤く染めた私に、シンタローも釣られてばっと赤くなり慌てて口を開いた。
「い、今の俺にはこれが精一杯、だ……」
 人に触れる経験なんて無かったシンタローの精一杯の行為に私はそっと微笑んで勢い良く彼に抱きついた。
 シンタローは驚いたあと、戸惑いがちにシンタローはアヤノの背に手を回す。
「シンタロー、私ね、今凄く幸せなんだ!」
「……ああ、俺も今凄く幸せだ。」
 空に輝く満点の星たちの下、抱き合う二人の小さな呟きはそっと澄んだ夜空に消えていった。
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