01
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 その手紙が彼の下へ届いたのは丁度一週間前の事。 神妙な面持ちでその手紙を読む彼に違和感を覚え、どうしたのかと聞けばなんでもないと答えられ。
 首を傾げながらも、時が経ってそして今日――俺の手元には、彼に届いたものと同じ封筒が届いていた。
「……。」
 無言でその封筒を見下ろして、顔を上げて周りを見回す。 誰も居ないことを確認し、息を呑んでその封筒を開けた。


 やあ、瀬戸幸助くん。 この手紙を君が読んでいるのを想像してとてもにやけてしまうよ。 私は、とある組織のリーダーの緒方だ。
 君に手紙をあげたのは、私達の行っている研究に協力して欲しいからなんだ。 拒否権? そんなものはないよ。 この手紙を読んでいる時点で君は薄々感づいているんだろう?
 私の手元には如月伸太郎くんが居るんだ。 何がいいたいのか、もう分かるよね。 彼は人質であり、僕達の悲願を叶える為の大切な存在でもある。 其れは君にも言えることだ。
 君と彼の能力が私達の研究には必要不可欠なんだよ。
 心を盗む力、そして記憶を焼き付ける力――僕達の欲しい能力はこの二つなんだ。 他のメカクシ団の皆に危害を加えるつもりはないから安心してくれ。

 今夜の午後7時、指定した場所に一人で何も持たずに来てほしい。

 気持ち悪い文面だ、と最初に読んだ印象はこれだ。 そして、読み進めていけばそこにあった文言に目を見開く。
「……シンタロー、さんが、」
 そういえば、さっきカノからメールが来ていた気がする。 中身はまだ見ていないけど、もしかして――慌ててスマートフォンをポケットから取り出してメールを確認する。
 内容を見ていけば、この手紙の裏付けが取れる内容が書いてあって、力が抜けた。
「どうしよう、どう、したら……」
 パニックに陥った頭では、碌な案も出ず結局適当な理由をつけてバイトを早退して宛もなく街を歩いていた。 本音を言えば、今直ぐ電話で誰かに助けを請いたいけれど、そうも言ってられない。
 だって、この手紙には書いてないけどきっと監視されているだろう。 どこかに盗聴器とかあったりするかもしれない。 あの手紙通りに一人で指定された場所に行ったら最後自分はどうなるのだろう。 ああいう文面で誘われているのだから殺されるということはないと思うけれど……。
 ふと、スマートフォンが音をたてた。 画面を見れば、カノからの着信で深呼吸して気を落ち着かせながら震える手で電話をとった。
『あ、もしもしセト?』
「……ど、どうしたんすか?」
『メール見た? 今朝方からシンタロー君が行方不明でさ、今皆で必死に探しているんだけど……』
「あ、ああゴメンっすちょっと色々あってまだ見てないんすよ。」
『え、本当? ごめん、えっとねなんかシンタロー君最近様子が変だったでしょ? だから余計に心配で……セト、シンタロー君見てない?』
「見てないっすね……」
『そっか、ごめん。 そういえば、セトって今バイトの休憩中?』
「え、ええとそーっすよ。 お客さんが混んで休憩時間がズレて……」
『大変だねー…… バイト頑張って!』
「ありがとう、カノ。」
『じゃあ、僕シンタロー君探しに戻るねー』
「か、カノ……」
『どうかした?』
 そう言って聞き返すカノに、口を開きかけてはっと気がついて口を閉じた。
「い、いや。 なんでもないっすよ。」
『そっか、じゃーねー』
 いつもの声のトーンで、カノはそう言い電話を切った。 残ったのはプープーと言う電話が切れた時になる音だけ。
「……」
 未だに震える手で、スマートフォンをしまう。 同しようもない虚しさが胸をよぎる中、セトは駅内にあるコインロッカーに来ていた。 ロッカーに持っているもの全てを押し込んで、鍵を締めた。
 ロッカーの前で深い溜息を吐いて、鍵をポケットに押し込み身を翻した。



 ジャラリと響く鎖の音、この音は一体どこから聞こえてくるんだっけ。 此処に閉じ込められて何日が経ったっけ。
 目覚めて直ぐ、目線を上にやる。 そこには壁に固定された手枷に繋がれた自分の手。 自分の居る部屋は光のあまり入らない薄暗い部屋。
 ああそうだ、あの手紙が来た日俺は一人で指定された場所に行ってそこから誘拐みたいな感じで此処に連れて来られたんだ。
「おはよう、今日は随分とお寝坊なんだね?」
 いきなり響いた声に、顔を逸らしながら口を開く。
「うるさい……」
「ご機嫌斜めだねぇ。 まあ、別にいいけど。 その状態じゃ何も出来ないし。」
「今日は何の用っすか……」
「嫌だなぁ、分かってるくせに。」
 また俺に変なことを言いに来たのだろう。 この男、俺を此処に閉じ込めて毎日耳元で同じことをささやくんだ。
「後何日、この恐怖が続くと想う? そりゃ、此処に君を助けるために乗り込んできたカノくんが来るまでさ。 そうしたら君を殺してオールオッケーだ。」
 そう、この男は毎日のようにカノが助けに来たら俺を殺すと言うのだ。 その言葉はじわじわと、しかし確実に脳裏に焼き付きつつある。
 助けて欲しいのに、助けに来てほしくないそんな矛盾。 来てほしいのに、来てほしくない。 この矛盾はいつまで続くんだろう。 いつまでこんな場所にいなくちゃいけないんだろう。

 正直言えばもう精神的にも、体的にも限界だ。 まだ食事がキッチリ出ている分良いけれど、金属製の手枷が手に食い込んで痛いし、光があまり差し込まないから日中か、夜かもわからない。
 普通に過ごす以上に一日が長く感じて、いつ終わるかもわからないこの空間での生活が怖かった。
「そうやって強がるのもうやめたら?」
「……。」
「気がついてもらえなかったのが、許せないんだろう?」
「ち、違う……」
「君は気がついたのにね? かわいそうに。」
「……や、やめ、」
「何でだい? 目をそらすのかい? 君らしくもない。」
 俺らしさってなんだろうなんて、ふと想った。 もう、何もかもが朧気にしかわからない。
「ねぇ、気がついているかい? 今日で君が此処に来てから丁度一週間になるんだよ。」
「……え?」
「此処にいたら何日経ったかなんて、分からなかっただろう? 驚いた? こんなに経っているのに、だーれも君と、シンタロー君を助けにこないんだね?」
 はっと、した。
 信じていたいのに、信じられる要素がドンドンと奪われていって耳をふさぎたいのに手は動かなくて歯を食いしばることしか出来なかった。
「ひとつ、提案があるんだけど。」
「……?」
「その手、痛いだろ? 枷を外してあげる。 でも、見返りとして僕達の要求をひとつ飲んでほしい。」
「……要求?」
「xxxxxxら、xxxxxxxxxxほしい。 これを実践してくれさえすれば君のその手の枷を外してこの部屋を自由に歩き回れるようにしてあげよう。」
 その要求は、自分の首を絞めるものだ。 でも、此処でこの要求を断ればこの状況はひどくなるばかり。 手の感覚だってもう殆どなくて、擦り切れた手首の傷から血が滴りだしているのだ。 ずっと手を上げている状態で拘束されているから、あちこちが悲鳴をあげていた。
 彼の言う要求を飲みさえすれば、この痛みから開放される。 けど、この要求飲めば自分の助かる道も閉ざされるのだ。
「……分かった。」
「其の答えを待っていたよ。 じゃあ、約束通りその手枷を外してあげる。 あと、簡単に手の怪我を治療しておかないと。 少し待っててね。」
 そう言って、手枷を外し一旦外へ出て行った研究員風の男は、数分後に手に救急箱を持ち帰ってきた。 慣れた様子で両手首を治療していく。
「ちょっとしみるけど我慢してね。」
 消毒液が傷に染みて、顔を顰める。
 大丈夫かい、なんて研究員風の男は俺に声を掛けてそっと頭を撫でる。 酷く衰弱した心で、その行為を受け入れてそして少しの心地よさを覚えて。

 監禁されて、その監禁した張本人に堕ちていく感覚。
 少しの優しさで衰弱した心を包み込むその研究員風の男はセトに見えないようにニヤリと笑った。
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