例えば、この身が腐るような苦痛を受けたとして皆はその苦痛をどう受け流して居るのだろう。 そう疑問に思うことが多々あった。
何故か、と言えばそれは自分がその方法を知らないからだ。 知らないから、更に痛みを上書きして忘れようとした。 けれど、結局は傷が増えただけで何の解決にもなっては居なかったのだ。
そんなこと、ずっと前から分かっていた。 数多の自傷行為をしたところで何も変わらないし、失ったものは戻ってこない。
やっているのがただの自分を慰める行為で、自分勝手な行為なことをずっと前から知っていた。
そんな真実に気がついたって、今更認めるわけにはいかなかった。 失ったことも、自分が独りになったことも。 瞳を閉じれば昨日のことのように思い出せるのに、瞳を開ければそこは誰も居ないまっさらな空間。 そこに居るのは唯一人の自分。
滑稽だ。 昔は独りで居ることが当たり前で、慣れていたはずだったのに。
「――シンタローさん!」
ふと、声が聞こえた。 これは、この声は。
意識が覚醒して、ぼーっと先ほどまで見ていた夢を思い出す。 随分と懐かしい夢を見た気がする。 ええと、この状況は。
そう思考を巡らせていけば、自分のせいであることに行き着いて歯を食いしばる。 何もかもが自分のせいだ。
ごめん、ごめんな、セト。 おれが、呆気無く捕まったせいでお前が巻き込まれてしまった。
あれ、そういえば、さっきもこんなこと想っていた気がする。 本当の役立たずが誰なのか、俺は夢を見る前に気がついたはずだ。
――でも、願望を言っていのなら。
少しの願いを、許してくれるのなら。
役立たずなんかじゃないって、想っていたい。 こんな俺でもきっと何かの役に立っているって信じたい。
俺だって人間だから。 いくら化け物と言われたって、其れを否定して笑顔をくれた人たちが居てくれたから、だからこういう危機にだって立ち向かっていける。
だって、俺が会いたくて焦がれた人たちは手の届く場所に居るのだ。
今だって、俺なんかのためにこうして身を削りながら叫んでくれる人がいるんだ。 俺の為に、自分を危険に晒すような行為をしてくれた人がいるんだ。
しょげている場合じゃないだろう、俺。
役立たずなんて、誰が決めたんだ。 少なくともこいつらに決められることじゃない。 何も知らないくせに、何も知ろうとしないくせに、知ったかぶりで振りかざすその言葉の刃から、俺が、護るんだ。 守られるばかりじゃないって、教えてやるんだ。
怖がっている場合じゃない。 怯えている場合じゃない。 俺の仲間が、大切な友が泣いているんだぞ。 動かないなんて諦めていないで、口を動かせよ、俺。
「だ、黙れ……」
そうして、絞りだした声はみっともなく震えていた。
「ほう、その状態で喋るとは。 恐れいったよ。」
半笑いでそういう男の声に、拳を握りながら口を開いた。
「お前にコイツの何が分かる。 お前に、俺達の何が分かる。 外部の人間にボロクソ言われるほど、俺もセトも役立たずじゃねぇし、無能でもねぇ。 よく知らねぇお前らに語ってほしくねぇんだよ。」
「シンタローさん……」
泣いているのだろう、セトの震えた声が耳に届いた。 こんなアイツの声を聞いたのは初めてだ。
そう想っていた直後、ガシッと首を掴まれて息がしづらくなった。
「口の聞き方に気をつけるんだね。 いくら君の頭が優秀でも、この状態から切り抜ける術なんて導き出せないだろう?」
首を絞められたまま、持ち上げられて本格的に軌道が狭まる中、悲鳴じみたセトの声が響いた。 怖いけれど、でも――。
「だ、大丈夫だ。 気にすんな……」
「で、でも……」
そんなセトの声に返す間もなく、地面に放り投げられ勢い良く胸の辺りを踏みつけられて咳き込む。 襲い来る暴行の嵐に、表情を歪めながらズレた目隠しの間からセトを探す。
白衣を来た細身の男が何やら言葉をかけ、目を見開いているセトを見つけて痛みを忘れて声が届くように、と心で呼びかける。 はっと、こちらを向いたセトの赤い瞳を見て、笑って。
『大丈夫。 お前は役立たずなんかじゃないよ。 少なくとも俺はお前に救われているから。 だから、泣くなって。』
お前に涙は似合わない。 だから、笑ってくれ。 いつもみたいに、皆を包み込む太陽のような笑顔を見せてくれ。
そう想いながら遠くなる意識の中、最後に聞こえたのはセトの叫び声だった。
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