02
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 能力であの男になりきって、アジトの内部に侵入して直ぐドサッという物音と悲鳴じみたセトの叫び声が聞こえた。
「やめろ! その人から手を離せ!」
 その必死の叫びに、内心渦巻いている怒りを爆発させたい衝動に駆られるがそれを必死に抑えて、冷静に、冷静にと自分に言い聞かせて。
「なあ、そのくらいにしとけよ。」
 そっとゴツイ男の肩に手を載せて、普通の表情でそう言った。 案の定、その男は聞き入れることもなく僕の手をパシっと払ってセトの首をしめ続けている。
 ああもう、せっかく穏便に済ませようとしていたのに。
 子供だからと侮っているのか、それとも、一時の感情で我を忘れているのか。 まあ、どっちでもいい。
「忠告はしたよ。 ――それでもやめない君が悪いんだ。 覚悟、できているよね?」
 僕の大切な家族を、仲間を、こんな目に合わせてただで済むなんてことないじゃん。 表情には出してないけど、これでも目の前の男たちをぶっ殺したい程度には怒っているんだからね。
「は?お前何を――」
 ゴツイ男が何かに気がついて視線だけこちらへ向けた。 僕はいつもの様に笑って見せて、そして、一気に能力を解いて。
「お、お前は――ッ」
目を見開いたゴツイ男に、ニヤリと笑いかけてそして僕の名前を呼ばれた。 まあ、能力知っている連中だって言うのは知っていたから知っていても何ら不思議じゃない。
 視界の端にいるキドに目線で合図しつつ、いつものように人差し指を立てて笑う。
「さて、どこでしょう?」
 どこから、なんてばかみたいな質問するなんてよほどびっくりしたのだろう。 能力を知っているのにこの事態を想定していなかったのだろうか? だとしたらとんだバカだ。
 ふと目線を外に投げて、遥が其れに答えて親指を立てて頷く。
 よし、お膳立ては済んだ。 あとは僕が合図を送るだけだ。 そしたら全てが始まってそして終わる。


 一方、外で待機している遥はカノに笑みで返して無表情になった。 窓から見える中の様子は酷く、シンタローはボロボロでセトも首を絞められている。 これが怒らずに居られるなんてことあるはずはなく、笑みが取り柄の遥でさえ笑えない状況だ。
「シンタロー君……セト君……」
 なんで、あの二人なのだろう。 あの二人が狙われた意味って、一体何だ?
 あの二人の能力に何か共通点があるのだろうか。 シンタロー君は目に焼き付ける……記憶する能力で、セト君は、目を盗む能力……人の心を覗く能力。 この二つの能力にはなにか共通点があるはずだ。 だからこそ二人を狙ったのだろうから。
「あれ……」
 ふと、気がついた。 シンタロー君とセト君の力って、対象が自分じゃないか? もしかして、それを敵は狙っていたとしたら。 能力で抵抗できないと逆手に取って、其れに浸けこんでいたとしたら。
 全部憶測だけど、これが一番しっくり来る。 ――確かめよう。
「今行くよ、シンタロー君、セト君!」
 合図が鳴って、遥は助走をつけた。 窓に打つかる寸前受身の態勢をとって派手にぶつかっていけば窓は派手に割れて、そして、ゴツイ男にそのままの勢いで向かっていく。
 能力でかさ増しされた遥の力でゴツイ男は派手に吹っ飛んで、ドサッとセトが落ちて咳き込んでいるのを見て拳を握りながら冷静に口を開いた。
「カノ君、シンタロー君は任せて。」
「うん!」
 返事を耳に入れながら、遥はシンタローの方へと走って行く。 目に入ったのは、暴行によって切ったのであろう口から滴る血と、至る所に見える青あざと、首元の閉められた痕。
「酷い……」
 痛かっただろう、怖かっただろう。 遅くなってごめんね、と心の中で謝罪しているとカノの声が響いた。
「さて、皆おまたせフルボッコタイム行きますか。」
 カノの言葉が響いて、遥はシンタローを抱えてソファーの上に移動させて自分の上着をかけた。
 細身の男は、悪びれる様子もなくニヤリと笑って立っていて、其れに腹が立つが深呼吸をして自分を落ち着かせる。
「……遥先輩。」
 ふと声がして振り返ればそこには拳を握りしめた無表情の彼女がいて、その様子に息を呑む。
「なんで、シンタローと幸助だったんでしょう……どうしてっ……」
「これは僕の勘なんだけど、多分、二人が能力で抵抗できないからじゃないかな。 能力の対象があの二人は自分自身だから……。」
「なに、それ……じゃあ、」
「多分、捕まえやすいっていう理由なんじゃないかって僕は想うんだ。」
 そう答えると、アヤノは俯いてしまう。 悪いことを言ったかなとは想ったけれど、でもウソを付くのもよくないよね。
「アヤノちゃん、この御礼はタップリとしてあげよう。」
「そうですね。」
 僕は知ってる。 アヤノちゃんが、シンタロー君とセト君、そして僕達をどれだけ大切に思っているかを。 家族、友達、そして想い人として、色々な感情を僕らに対して持っているんだろう。
 其の中でも一際強い思いが、彼女のシンタロー君への想いだ。 昔一人にしてしまった故の過保護な感情と、そして異性としての感情がせめぎ合っているのかもしれない。 前者は僕だって否定出来ないけれど、でも、アヤノちゃんの思いは僕ら以上なんだろうなって想うんだ。

「遥先輩、あれからシンタロー要らない所で器用になっちゃったんですよ。」
「え?」
「しってますか? ――シンタロー、嘘が本当に上手なんです。 苦しいのに、寂しいのに、辛いのに、その感情で押しつぶされそうなのに其れを隠して……いや、多分あれは、嘘を演じていると言えばいいんですかね。」
「嘘を演じている……?」
「言葉、暴力、あらゆる痛みが我慢の限界を超えた時シンタローは嘘を演じるんです。 まるで、気にしていない風を演じるんです。」
 だから、目が離せないんですなんて彼女は言った。 僕は目を見開くことしか出来なくて、そして、はっとした。
 あの出来事からシンタロー君、昔以上に笑うようになったことを。 それは喜ばしいことだけれど、でも、違和感を覚える事もあった。
 だって、まるで別人みたいに見えたことがあるんだ。 でも、アヤノちゃんの話を聞いて納得した。 あれは、嘘を演じていた彼だったんだと。
「厄介な方向に成長しちゃったんだね……」
「だから私達が其れを見破っていかないと、彼は、泣くことさえもできなくなってしまうと思うんですよ。 似たような事例知っているから、どうしても心配なんです。」
「ああ、そっか……」
 チラリとカノの方を見つつ、苦笑いをこぼした遥はカノの隣にそっと立つ。
「今更気がついたって遅いよ。 役立たず? ふざけないでよね、メカクシ団を影から支えていたのは他のだれでもない、セトなんだ。 セトは僕達の大切な仲間で、僕の大切な家族。 貶すような真似は僕が許さない。」
 そう叫んだカノの言葉に付け加えるように遥かもまた、怒りを言葉に乗せて細身の男を睨みつけた。
「更に付け加えるとね、僕の大切な親友にあんなに傷をつけた君を僕は許さないよ。」
 暴力も、言葉の刃も、使い方に酔ってはいとも簡単に人を傷つけることができる。 其れを僕は一番良く知っているから、こういう行為は絶対に許せない。

 ……辛かったよね、怖かったよね。
 役立たずなんて言われて、きっと酷く傷ついたよね。 その言葉を誰かに否定して欲しかったよね。 ごめん、ごめんね遅くなって。
 謝るのは簡単だ。 でも、彼らの心に巣食った”役立たず”という言葉は簡単には消せない。 何か確証のあるものがないと、きっと納得出来ない。
 あの二人はそういう子だ。 表面上では笑顔だったり、無表情だったりするけれど、其の本心は誰にも言えない、どこかで嫌われることを恐怖している子。
 皆のやりとりを目にしながら、遥は一人シンタローとセトのことを想っていた。
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