05
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 気がつけば、あの目覚めの日から3日が経とうとしていた。 シンタローさんの目覚める気配は未だに無く、夜な夜な静かすぎる隣のベットを覗き見て寝る日々。
 ポタポタと点滴の音がひっきりなしに響いているこの病室内で、安眠できた日なんて実は無かった。
 毎回毎回、寝ると悪夢を見て、そして其の度に過呼吸に陥るからだ。
 数分して漸く落ち着いて、手探りにメガネを見つけて掛けて時計を見れば深夜3時。 起きるにはまだまだ早い時間帯だ。
 不意に隣に居る、まだ目覚めない彼の方を見てため息を吐いてサイドテーブルにおいてあるペットボトルに手を伸ばした。
「はぁ……これで何度目っすかね……」
 未だに夢に見る。
 あの時の、あの男に言われた言葉と能力で受け取ってしまった言葉。 別に、役立たずとか無能とかそういう言葉が今もまだ怖いわけじゃない。 ただ、其の言葉を聞いたりすると反射的にあの時の体験を思い出してしまって過呼吸になるのだ。
 本音を言えば、今でもあのゴツイ男の目線と、細身の男の囁きかけるようなあの言葉を思い出すと涙が滲んでくる。 体が想うように動かないのだって、今思い出しても震えるほど怖い体験だ。 早々忘れるなんてこと、できるはずがない。
 それでも、皆と居ればそんな恐怖なんて忘れられたから。 だから、あの時自然と涙がこぼれてきた。
 入院先で初めて目が覚めた時のあの視界のぼやっとした感じは今でも覚えている。
 ちょうど目覚めた時に側に誰も居なかったのは救いだ。 目覚めて直ぐに俺が陥ったパニックはもう情けなさすぎてマリーに見せたくはないから。
 眠れそうにもないので、サイドテーブルの小さいランプを付けてカノが持ってきてくれた本を手に取るとそっと開いてみる。 目に入ってきた文字達に安心感を覚えて、安堵の溜息を吐いた。
 何でかと言えば、文字がぼやけて読めなかったらどうしようと言う恐怖があったから。 眼鏡なしだときっと無理だけれど、眼鏡をかければ医者の言うとおり元の生活は出来そうだ。 あとは、リハビリして歩けるようになるだけか。
 そんな先の未来が見えて、安堵の溜息を再び吐いた時隣のベットから物音が聞こえた。
 すぐさま、電気を付けるリモコンを手にとって病室の電気付けた後、精一杯身を乗り出して確認する。
「シンタローさん……?」
「せと……?」
 少し聞き取りづらいかすれた声を確かに耳にして、すぐさま手元のナースコールを押す。
 程なくしてやって来たナースに、シンタローさんが目覚めたと告げれば慌ただしくナースは部屋を後にして医者を連れて再び病室へとやって来た。
 シンタローさんは自分みたいにパニックになることもなく、医者の質問にとても冷静に答えている。 そんな姿を見て流石にだなぁと、感心しつつセトは隣で行われている検査を横目で眺めていた。
 そんなことをしている内に、もう外の日は昇り医者がいなくなったタイミングでセトはメガネを掛けておいてある新聞に目を落としているシンタローに話しかける。
「あ、あのシンタローさん……」
「なぁ、セト……お前、大丈夫か?」
 話しかけて帰ってきた言葉に疑問を持つが、その問が精神的な意味だと悟って目を伏せる。
「……正直言うと、まだ全然大丈夫じゃないです。」
「そうか……まあ、仕方ねぇよ。 誰だってあんな目に遭えば怖えもん。」
 そう言ってクスって笑うシンタローは、セトに何も聞かない。 一言、大丈夫かと問いかけてそれで終わりだ。 そっけなく思えるけど、これは彼なりの優しさなんだ。
「ありがとうございます、シンタローさん。」
「……それは何に対しての言葉と受け取ればいい?」
「あの時貰った言葉で俺は救われたんです。 正直、シンタローさんの言葉がなければもう壊れてたかもしれない。」
 其の言葉に、シンタローは目を落としていた新聞をそっと畳んでセトの瞳をまっすぐに見据える。
「なぁ、例えば劇をやるとしてさ、役者どんなに揃っていてもそれを裏から支える人が居なければ劇は完成しないだろ? どんな集団にもそうやって影から皆を支える存在が居るんだ。 端から見れば、そいつは何もしていない存在だって役立たずだって言われるかもしれない。 でもな、仲間は知っているんだ。 そいつが、裏でどれだけ皆を支えてきたか。 光と影が相反する存在なように、英雄ともてはやされる存在の影でその英雄を支えてきた人が居るように、お前は影で皆を支える存在なんだよ。 無理に強くなろうとしなくてもお前はお前のままそこに居ればそれでいいんだ。 皆お前が役立たずなんて想ってないし、要らない存在とも想ってない。」
「……。」
「俺は知ってるぞ。 お前が、リビングで寝ちゃったマリーにそっと毛布をかけてあげていたことも、キドが疲れていた時そっとお茶を差し出してあげていたことも、カノが泣きたいときにそっとそばに居て抱き寄せてあげたことも全部。」
「え、なっ何で知って……」
 バッと赤くなったセトにニヤリと笑ったシンタローはカノの真似をするように人差し指を立てて一言。
「秘密。」
 そんな返答にセトは吹き出して、それに釣られてシンタローも笑って、何気ない時が過ぎていく。


 気がつけば、胸の内にあった恐怖は消えていた。
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