02
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 時計の針が音を立てる静寂に包まれたアジトでは、ため息も出ずに絶望的な雰囲気が広がっていた。 昼間シンタローを探すためにあちこち駆けまわったメンバーだったがどれもハズレで、結局何も掴めなかったのだ。
 そしていまは其れに加えてのセトとの連絡が途切れたことも相まって、険悪なムードがアジトでは広がる。
「僕、セトのバイト先に行って聞いてみるよ。」
 カノがそう言って立ち上がると、スマートフォンをポケットに突っ込んだ。
「じゃあ俺達はもう一回シンタローを探してみるか。」
「そうですね……」
 キドとモモがそういって立ち上がり、釣られて皆立ち上がる。 其れを確認して、カノは玄関から一人外へと駈け出した。
 一人で夜の街を走り、公園に差し掛かった頃ふと違和感を覚えて立ち止まる。
 視界の端でキラリと光るものを発見して、目をやればそこには一羽の鳥が樹の枝に止まってこちらを見ていた。 くちばしにはキラリと銀色に光るものがあり、カノは首をかしげる。
「鳥……?」
 そう呟くとその鳥はそっと羽ばたいて、カノの前に降りる。
「……それ、僕に?」
 そっと呟いてカノは座って手を鳥の方へと差し出す。 すると、その鳥はカノの手のひらの上にその銀色に光るものをおいて、羽ばたいていく。 其れを見送って、カノは手のひらの上にある銀色に光るものに視線を落とした。
「鍵……?」
 どうやらこれは、どこかの鍵のようだ。 鍵に付けられたキーホルダーの番号から察するにコインロッカーの鍵だろうか。
 恐らくこの鍵はセトが僕に渡すように頼んだに違いない。 何故このような真似をしたのかは、きっとこの鍵を使って開けた先にあるはずだ。
 ぎゅっと鍵を握って、走りだす。 10分走って駅に到着してコインロッカーを探して、きょろきょろとあたりを見回した。
「あった!」
 お目当ての番号を探して1分程、探し当てた先でドキドキしながら鍵を差し込んで回してゆっくりと開くと最初に目に入ったのは真っ白い封筒と、セトの私物。
「なにこれ……手紙……?」
 そっと其れを手にとって中身を取り出して、紙を開くとその先にあった文字に目を見開いて固まってしまう。 思い出したのは、今日の電話越しに聞いたセトの声。
「くそっ」
 何でもっと早くにセトの様子がおかしいことに気が付かなかったんだ。
 手紙によれば指定された時間は午後7時、今の時間は午後の8時半だ。
 1時間以上経って、セトが此処に戻ってきていないということは、つまりはそういうことで。
 カノは乱暴に自分のスマートフォンでキドに電話をかける。
「もしもし、キド? 至急、皆に連絡をとって駅前の公園まで来て!」
 切羽詰まった様子のカノの声に、キドは何かを察したのか短く返事をして電話を切った。
 間を開けずにこんどは別の人物に電話をかける。
「もしもし父さん、大変だセトとシンタロー君が――ッ」
 混乱しそうな思考回路を落ち着かせて、ケンジロウにあったことを話せば電話越しのケンジロウは切羽詰まった様子で何かを答えて電話を切った。
 数十分後、駅前の公園にケンジロウを含める全員が集合しカノは白い手紙を皆に見せる。 その手紙に書かれていた文章を読んでいくうちにアヤノの表情は心配そうに曇っていった。
「お父さん、どうしよう!?」
「落ち着くんだアヤノ。 貴音、幸助のスマートフォンの位置情報をあたってみてくれ。」
「分かった!」
「修哉、つぼみ、モモ、マリー、場所は俺と貴音が絶対に特定する。 今日のところは家に帰って寝ろ。 お前らが起きるまでに絶対に特定しておく。 心配だろうが、我慢してくれ。」
「で、でも……」
 そう心配そうな表情をする皆にケンジロウは笑いかける。
「大丈夫だ。 ――遥、今夜は沢山食べて沢山寝て明日に備えろ。」
「了解。」
 すちゃっと敬礼をした遥は、皆の方を向いて笑いかける。
「ほらほら、僕達は帰って明日に備えよう。 大丈夫、きっと先生と貴音が見つけてくれるよ。 ――其れまで、力を温存しておかないと……ね?」
 最後の方遥の表情が恐ろしい者であったことを見たのは恐らくケンジロウと貴音意外だ。 笑っては居るけれど、でも彼自身苛立ちを感じて居るのだろう。
 大切な仲間を拐われてしまったことに。
「そう、ですね……」
 アヤノがそう拳を握りながら答えると、ケンジロウは安心したように笑う。
「送るから車乗れよ。」
 ケンジロウの声が響いて、皆はケンジロウの車に乗り込んだ。 カノはそっと夜空を見上げて二人の無事を祈ると、最後に車に乗り込んだ。


 あれから何時間が経っただろう。 視界が暗いままで、時間経過がよくわからない。
 途中少し寝た気もするけれど、こんな体制で安眠なんてできるはずがなくて寝不足気味の頭で必死にどうするか考えていた。
そんな時、周りで人の動きまわる音がして耳を研ぎ澄ますと、どうやらもう日は登り始めているようだ。
 改めて冷静になってみると、今寝かされているのはベッドのような何かだ。 
不意に目隠しが取り外された。
「おまたせ。」
 そう言って、セトに微笑みかけたのは細身の男だった。 白衣を羽織っている点から、研究員なのだろうか?
 近づいてきたゴツイ男は動けないセトに手を伸ばして、無理やり立たせると置かれた椅子に乱暴に座らせた。 そして目に入ってきた光景に目を見開く。
「シンタローさん!」
 同じように置かれた椅子に、目隠しされたままのシンタローが座らされていた。 しかし、様子がおかしい。
「シンタローさんに何を……」
 同じ薬を打たれているにしても、シンタローさんはぐったりしすぎている。 自分は、体は動かなくてもこうして椅子に座って倒れないように力を入れるだけの自由はあるのに、彼には其れすら無いように思える。
「彼には少し多めに薬を打ったのさ。 彼の頭脳は優秀だ。 僅かな情報から色々なことを分析して最善を導く力があるからね。」
「……。」
「こんな状態でもきっと彼の思考回路はこの状態から抜け出すために色々と動いているんだろうね?」
「何がいいたいんすか……」
「言って欲しいのかい? 君が、役立たずで助けてもらうことしか考えてないって?」
 ドクンと、鼓動が高鳴る。 思っていたことを言い当てられた悔しさで拳を握りしめていると、目の前に細身の男のにやけた顔があった。
「なんで君にあんな手紙を送ったと想う? 君は優しいから、誰にも言わずに馬鹿正直に一人でくるんだってわかったからさ。 いくら体力があると言っても、鍛えているわけじゃないから鍛えている人物を連れて行けば君を捕まえるのは簡単。 心を覗ける力って、本当なんの役にも立たないよね?」
「う、うるさい……」
「怒った? でも其れは僕に向けるべき怒りなのかな? 君は知っていたはずだろう? 自分がなんの役にも立っていないって。 其れを優しく指摘してあげたんじゃないか。」
 言い返すために開いた口からは何も反撃の言葉なんて出やしない。 この細身の男が言っているのは全部事実で、俺は役立たずで無能だってずっと感じていたんだから。
 悔しくて、惨めになって涙で視界がぼやける。 泣いちゃダメだって言い聞かせているのに、もう我慢なんて出来やしない。
「……だ、黙れ。」
 ふと、声が響いた。 セトの声じゃない、それはシンタローの声で。
「ほう、その状態で喋るとは。 恐れいったよ。」
「お前にコイツの何が分かる。 お前に、俺達の何が分かる。 外部の人間にボロクソ言われるほど、俺もセトも役立たずじゃねぇし、無能でもねぇ。 よく知らねぇお前らに語ってほしくねぇんだよ。」
 その言葉に我慢していた涙が頬を伝う。
「シンタローさん……」
 彼の放った言葉に細身の男は真顔になり、ゴツイ男に何かを言う。 するとゴツイ男はシンタローの方へと近づいて乱暴に首を掴んだ。
「口の聞き方に気をつけるんだね。 いくら君の頭が優秀でも、この状態から切り抜ける術なんて導き出せないだろう?」
「シンタローさん!」
「だ、大丈夫だ。 気にすんな……」
「で、でも……」
 首を捕まれ、軌道が閉まっていく中でシンタローはセトに言葉をかける。
 その態度が気に入らないのか、ゴツイ男はシンタローを床に投げつけて胸を踏みつける。
「や、やめっやめろ!」
 セトが叫んで、助けようと身をひねった。 派手に椅子から転げ落ちるがそんなのお構いなしでゴツイ男はシンタローに暴行を働く。 そんなセトに細身の男は耳元で囁いた。
「君のせいで可哀想に……」
「俺の、せい……?」
「そうさ、君を護るために彼はああいう目にあってる。」
「お、俺の、」
 思考回路が上手く働かない。 目の前で暴力を受け続けるシンタローさんの悲鳴じみた声と、そして耳元でささやく男の言葉が頭に木霊してそして冷静さを失っていく。
『無力だね、君。 仲間を助けるどころか、自分すら助けられないんだ。 やっぱり君、役立たずなんだね? ほら、僕の声聞こえるかい? 心の声聞けるんだろ? ねぇ?』
 ハッとして、気がついた。 能力が発動してしまっていることに。 慌てて能力を抑えようとしてもダメで、そして目の前にいる男の心が流れてくる。
『外見だけ見繕っているけど、でも何も成長なんてしてないんだろう? 能力に怯えて、他の人と深く関わらないようにしてきただけだろう? 哀れだね。』
 こんな想い、もうしないと想っていた。 あの時能力の抑え方は学んだはずで、もう能力を暴走させることはないと、信じていた。 でも、やっぱりダメなんだ。
 だって、俺は役立たずで無能でメカクシ団の役になんて立ってない。 存在価値だってきっと無い。
 ずっとキドとカノの後ろに隠れて泣いていたあの頃から何も変わってなんて居ない。
『そうやって泣いていれば、誰かが助けてくれるんだよね? いい御身分だ。』
 やめて、もう、許して。 聞きたくない、何も。
 何も信じたくない。
 そう想って心を閉ざそうとしたその時のこと。 一つの声が、流れてきた。
『セト』
 自分の名前を呼ぶその声。 その主は――
「し、んたろー……さん?」
 涙で濡れて見づらくなった視界に鮮明に残る赤。 未だに続いている暴行に苦しみながらも瞳だけこちらへと向けたシンタローはふっと笑う。
『大丈夫。 お前は役立たずなんかじゃないよ。 少なくとも俺はお前に救われているから。 だから、泣くなって。』
 そんな声に涙腺が崩壊して、大粒の涙が頬を濡らした。
「シンタローさん……!」

 あちこち青あざで痛そうなのに、なんで貴方って人はそうやって俺なんかのためにそうやって笑えるんですか。 なんで、だって怖くないはず無いのに。
「や、めろ……」
 拳を握って、自分に活を入れながら震える声で呟いた。 その言葉にシンタローさんに暴行していたゴツイ男は笑う。
「あ?聞こえねぇなあ!」
「やめろ! その人から手を離せ!」
 ありったけの力を込めて叫んだ。 ゴツイ男は舌打ちをしてシンタローさんを壁に向かって勢い良く投げつけると、音をたてて俺の方へと近づいてくる。 ゴツイ男の表情に恐怖しながらも必死に睨め返せば、足で俺を仰向けにして勢い良く蹴り飛ばした。
 脇腹が酷く傷んで咳き込んでいると、ガシッと首を捕まれ片手で持ち上げられた。
 酸欠になりつつある思考回路で、ふとあの日が重なる。 目の前のゴツイ男がふと冴える蛇にみえて、目を見開いた。
 相変わらず薬は効いているようで、体は想うように動かない。 でも、不思議と思考回路は冷静だった。 さっきのシンタローさんの言葉のお陰だろうか。
「なあ、其のくらいにしとけよ。」
 いつの間にかゴツイ男の後ろに居た男がそう言ってゴツイ男の肩に手をおいた。
「うるせぇ。」
 ゴツイ男はそう言って手を振り払うと、首を絞める手を更に強めた。 そんな様子にその男は怪しく笑うと。
「忠告はしたよ。 ――それでもやめない君が悪いんだ。 覚悟、できているよね?」
「は?お前何を――」
 ゴツイ男がそう言ってまばたきをした瞬間、その男の姿は変わる。
 そこに居たのはさっきまで居た仲間の男ではなかった。
 口元は笑っているけれど、目が全く笑っていない欺く能力を持つ嘘が得意と豪語している彼が居たのだ。
「お、お前は――ッ」
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