To 如月桃
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 約束をした。
 それは一体誰相手の約束だったのかは分からない。 でも、たしかに俺は約束したのだ。
 妹を必ず護ると。
 態度には出さないし、出したくもないが俺はアイツを兄妹として大切に想っている。 いくらアイツが、俺を突き放して嫌いになったとしても俺は、アイツが大好きだし、ずっとずっとそれは変わらない。
 兄妹という関係性は生きている限り続くのだから。
「2月14日……。」
 一般的に言えば今日はバレンタイン。 大切なひとにチョコや贈り物をする日だ。 だったら俺が送る相手は、もう決まっている
 だって今日はあの事件に片がついて、最初のアイツの誕生日。 今日はメカクシ団の連中がパーティを開いてくれるらしい。 今、モモは楽しそうに隣の部屋で準備をしているのだろう。
 鍵の付いた引き出しから取り出したのは、以前アイツが欲しそうに見ていたもの。 ショーウィンドウに飾られた、花がらのフレアスカート。
 アイツは普段パンツスタイルが多く、スカートを履くことは稀だ。 しかしそれは決してスカートが嫌いなわけではなく、ただ単に似合わないと本人自身が想っているだけ。 こんな可愛い服、自分には似合わないとアイツは想っているのだ。
「お兄ちゃん、私ちょっと用事があるから先に出るねーちゃんと時間通りにアジトに来てよー?」
 そんな時、扉の外から聞こえた本日の主役の声にいつもの様に返し服を着替える。 いつもどおり、赤いジャージだ。
 だだだと音を立てて階段を降りていく妹、ガシャーンと音が聞こえビクッとしたのもつかの間一階の方から聞こえてきたモモの声にそっと耳を傾ける。
「ぎゃースマートフォンが落ちたー! もー、ストラップ切れちゃったから持ち難くっていやになるよー。」
 そんなつぶやきを聞いて、ニヤリと笑う。
 アイツがつけていたストラップはアイツが大好きな紅鮭ちゃんの首掛けストラップだ。 アレは確かもう販売されていないプレミア物だが、きっとどこかに売っているはず。
 もしかしたらアイツが今日買いたいものがそのストラップの代わりなのかもしれないけれど、それでも別にいっか。
「よし、行くか。」
 そう宣言して出た家、外は春の陽気に包まれ歩いてて気持ちがいい。
 まるで誰かの胸に抱かれているようだと、ふと想った。 そして、そこであることに気が付く。
「あ、そうか……あの約束、父さんと……」
 あれは、モモと父さんが海に行く前の日のこと。 用事があって行けない俺と母さんに、父さんはモモと笑っておみやげを買ってくると張り切っていた。 あの約束をしたのは父さんのベッドに一緒にネタあの日の夜。

「なあ、伸太郎。」
 布団に入ったあの日の俺に、父さんはぼそっと話しかけてきた。 それはとても優しい声色。
「父さんどうしたの?」
「海、一緒に行けなくて残念だな……」
「しょうがないよ。」
「お前は本当に偉いなぁ。 ――なあ、伸太郎モモは好きか?」
 ワシャワシャと頭を撫でて父さんは、真顔になり俺の頬を両手で包み込みながらこう問いかけた。
「うん、大好きだよ。」
「羨ましいって想ったりするか?」
「思うこともあるけど、でも、俺はモモにはなれないしアイツも俺にはなれないだろ?」
 そんな哲学めいたことをあの日の俺は父親に言い、その言葉に父親は苦笑いを零す。
「伸太郎は本当に賢いなあ。 ――伸太郎、お父さんお前にお願いがあるんだ。」
「お願い?」
「モモを、護ってやってくれな。 お父さんの手がとどかない所で、モモに危険が迫ったらモモを護ってやって欲しい。 だが、当然自分がけがをするようなことはしちゃだめだぞ。 自分の事を大切に出来ない奴は、相手も大切にはできないんだ。」
 父さんは俺の頬を両手で包み込んで、笑う。 そんな言葉を俺は幼い脳で理解していた。
「うん、モモを護る。」
「そうか、伸太郎はいいお兄ちゃんだ。 お父さんとお母さんの誇りだよ。」
「ほんと?」
「ああ、勿論モモも。」
 そういって笑ったあの日の父さんの顔はとても幸せそうで、まさかアレが父さんとの最後の会話になるなんて想っていなかったけれど。


「……モモを護ってやってくれ、か。」
 そんなの、お願いされるまでもないことだ。 アイツは俺の妹で、大切な家族なのだから。 護るのは寧ろ当たり前だと、俺は思う。
 どんなに憎まれ口を叩かれても、それは変わらない。
「父さん、アイツすげぇ強くなったよ。 笑顔が太陽みたいで、とてもあったかいんだ。」
 そっと太陽に向かって呟いた言葉は果たして、父親に届いただろうか。

 気を取り直して歩く街、店を入っては画像を見せてお目当ての物を探す。 しかし、簡単に見つかる筈もなくもうすぐ約束の時間になろうとしていたころ、ふと電話がかかってっきた。

「あ、シンタローか? 遅いから連絡してみたんだが、いまどこにいる?」
 電話の相手はキドで、パーティの時間が迫ったから連絡してきたようだ。
「そのことなんだが、ちょっと用事があって遅れそうなんだ。モモには俺から直接あやまるけど、そのことを伝えておいてくれないか? 必ず行くからって。」
「……そうか、分かった。 待ってるぞ。」
 キドは察しがよくて助かる、と短く返して電話を切るとスマートフォンをポケットにつっこんで、小走りで走りだす。
「あそこにだったら……」
 キャラグッズの買い取りが主で、今やキャラグッズの宝庫であるあそこなら、きっと――そんな願いを抱きながら走る道。 体力が悲鳴を上げているがそんなの気にしている余裕は今の俺には無い。

「あの、これありますか?」
 画像を店員に見せて、数秒後、その店員は首を縦にふる。
「ありますよ。 プレミアですので、お値段がちょっと高いんですけど……」
「えっと、どのくらい……?」
「2000円です。」
「……、そのくらいなら大丈夫です。 それください、あとラッピングを……」


 所変わり、此処はメカクシ団アジト。
 現在進行形でモモの誕生パーティを開いている最中だ。
「もう、お兄ちゃん来ない!」
「まあまあ、絶対に来るって言ってたから落ち着けキサラギ。」
「でも団長―」
「兄貴だろ、信じてやれ。」
 ケーキに口をつけながらキドはそうモモに笑いかける。 むっとしていた彼女は、キドの言葉に落ち着きを取り戻して手元にあるケーキを口に運ぶと、そっと呟いた。
「……そうですね、まだ始まったばっかりだし楽しくぱーっとやっちゃいましょう。」
 きっと来ると私が信じていなければ。 兄は来るって言ったんだ、だからきっと来てくれる。
「キサラギちゃん、誕生日おめでとう。 これ僕から。」
 カノさんからもらった小さな包を開ければそこには可愛いハンカチが入っている。 柄も色も、私の好みのやつだ。
「ありがとうございます!カノさん! 大切にしますね。」
 カノがプレゼントを渡すと、ひょこっと立ち上がりセトはモモに近づく。
「これ、俺からっす。」
 セトから貰ったのは、彼らしい緑の可愛いポーチだ。 丁度ポーチを買い換えようとしていた時だったからとっても嬉しい。
「ありがとうございます! ポーチ買い換えようとしていたので、これを使わせてもらいます!」
 その後、キドさんからは可愛いキーホルダーを、マリーちゃんからは手作りのシュシュを、ヒビヤくんとひよりちゃんからは紅鮭ちゃんのぬいぐるみをもらい、貴音さんと遥さん、そしてアヤノさんからはオレンジのブランケットを貰った私は胸がいっぱいになる。
 こんな楽しい誕生パーティは生まれて初めてだ。
 でも、まだ足りない。
 だって、この場には兄が居ないのだから。

「お兄ちゃん、遅いなあ。」
 そう口に出しかけた、その時、ダーンという音が響いて一同はびくっと肩を揺らす。 慌てて玄関にいけば、そこで息を整えていたのはお兄ちゃんその人で。
「……もう、お兄ちゃん遅い!」
「わりぃちょっと探すの手間取って……」
「探す……?」
「ほらよ。」
 息がまだ荒い兄は持っていたか紙袋を手渡すとアジトに上がり込み、どさっと倒れるようにソファーに座り込む。
「これ……私が前見てた、スカート……なんで、だってこれ凄く高いのに……。」
「それももう一つ。」
 ぱっと投げ渡したその袋に首をかしげながら、そっと開けた先にみえたのは。
「……っ」
 この間壊れてしまったお気に入りの紅鮭ちゃんの首掛けストラップだった。 これはプレミア価値がついていてもう手に入らないと想っていたのに。
「これを、さがしてたの?」
「ああ。」
「これ、プレミアなのに。」
「でも、欲しかったんだろ?」
「……うん。」
「なら良かった。 誕生日おめでとう、モモ。」
「ありがと。 すっごくすっごく大切にするね。 じゃあ私からは手作りのチョコレートをあげる。」
 今日こっそりと家をでて、アヤノさんと一緒につくったこのチョコ。 喜んでくれるといいんだけどな。
「……くれるのか?」
「うん、だってお兄ちゃんのために作ったんだもん。」
「そうか、ありがとう。 大切に食べる。」
「……うん!」
 ふっと笑ったお兄ちゃんのその表情に、父親の面影が重なった。笑い方とかそっくりだ。
「あ、シンタローこれ私から! 本命だからね!」
「ちょっうわ、なにこれでっか……」
「凄いでしょ!板チョコ3枚も使ったんだから!」
「……ありがとう、こっちも大切に食べるよ。」
 そんな会話をしている二人にぷっと笑えば、ふたりは顔を見合わせて笑う。


 笑い声が絶えることのないこの空間と、欠けること無く全員集まってくれた仲間達と迎えた誕生日。

 こんな日々を、夢見てた。
 まるでユメでも見ているかのような光景。
 この光景こそ、きっとお父さんがくれた最大のプレゼントなのだ。
「よっし、お兄ちゃんも来たことだしパーティ続行だね!」
 そう高らかに宣言したモモが最後に、誰にも聞こえないほど小さな声で呟いたあの言葉はきっと巡り巡って父親にも届いただろう。



「ありがとう、お父さん。」

 私は今、最高に幸せです。
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