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 高校1年生の春、俺は隣の席のアヤノから一つの質問を投げかけられた。
「ねぇ、シンタロー。 モモちゃんのことどう想ってる?」
 唐突過ぎるその問いかけに顔をしかめていれば、アヤノは表情を変えずに詰め寄ってきた。 どうやら逃げられないらしい。
「どう想ってるってなぁ……」
「シンタローって家族のことどう想ってるのかなぁって想ってさ。」
「唐突すぎるだろ……」
 どう想ってるとは、一体どういうことなのだろう。 好きとか、嫌いとかそういう感情なのだろうか。
「ねーシンタロー」
 今日はヤケにしつこいな、と思いながら何て答えるか考える。

 そして、俺はとある出来事を思い出した。

 其れは俺が10歳の誕生日、妹が熱を出し父も母も俺の誕生日の事を忘れていた日の事。
 元々俺は余り親に甘えずに育った。
 どうということはない、ただ、妹が生まれるときに父親が俺にこう言ったのを覚えてる。
「伸太郎、お兄ちゃんなんだから桃を守ってやるんだぞ?」
 お兄ちゃんだから、なんて自分で自分を納得させて色々なことを我慢して妹を守ろうとあの頃は心の底から想っていた。 恐らくそれは今でも変わらない。

 でも、妹が出来てから父と母が優先するのはいつも妹で、其れが寂しくなかったと言えば嘘になる。
 幼い頃から俺は記憶力がずば抜けており其れに連動したように頭も良かったし、理解力もある方だった俺は、父と母が何故妹を優先するのか理解していた。
 
 でも、あの日は理解していても我慢ができなかった。
 誕生日くらい構って欲しいと、想ってしまった。 だからこそ、俺は一つの我儘を両親に対して言ってしまったんだ。
「ねぇ、お母さん。 今日……」
 朝からバタバタしていて、父も母も4月30日と言うことは理解していても俺の誕生日である事を忘れていた。 其れを思い出してほしくて、ダメだとは思いながらも忙しい母に話しかけてしまったんだ。
「ごめんねシンタロー、お母さん桃のお世話をしなくちゃいけないからひとりで遊んでいてくれる?」
 でも、答えは想像していた通りで俺は耐えるように服を握りしめて前髪でなみだを隠し頷いた。
 ごめんなさい、我儘言ってごめんなさい。
 あの日俺はそう涙を流しながら両親に対して声にならない謝罪を繰り返していた。

 ひとりぼっちの部屋で、ふと取り出したアルバムに入っていた笑い合う俺と両親の写真を見た時、俺は我慢していた気持ちが爆発してしまった。
 だめだとは理解していたが、その写真を見てどうしようもなくなってしまったのだ。

 どうして、だって今日は僕の誕生日なのに。
 なんで、忘れてるの?
 高望みなんかしない、ケーキ無くても、プレゼントがなくてもいい、ただ、両親からおめでとうと言う言葉が聞きたかっただけなんだ。
 なんで、僕のことを見てくれないの?
 僕が見えていないの?
 僕は要らない子なの?
 そんな自問自答を繰り返して、はっと気が付いた時にはアルバムにあった写真全てが引きちぎられていた。 いや、言い方が違う。
 引きちぎったのは全部、自分だ。

 涙で濡れる頬、思考回路が上手く働かない中でその日俺が両親に見てもらうためにとった行動は、着の身着のまま外に飛び出すという事だけで。
 寒くて、冷たくて、転んで膝当がすりむけたそこが痛くて、でも本当に痛かったのは怪我じゃない。
 散々歩き回って辿り着いた近所の公園、雨を凌ぐように山形の遊具のトンネルの中に逃げ込んで自分を温めるように膝を抱える。
「まま、ぱぱ……」
 そう最後にひとつの言葉を零して、意識は途切れた。

 次に目が覚めた時両親は俺の顔を覗きこんでいて、ああ、両親が自分のことを見ている。 そっか、ちゃんと見つけてくれたんだ。 僕は要らない子なんかじゃないんだって、酷く安心して言葉を零した。
「見つけてくれた……」
 目が覚めて一番初めに見えた両親の顔だけでもう満足なのに、その上両親に抱きしめられてしまった。 ああ、今日はなんていい日なんだろうなんてそんなことを考えていたっけ。

「ねぇシンタローったら。」
 ずっと黙りこむシンタローにしびれを切らしたのか、アヤノの顔が目の前にあって顔を背けながら慌てて口を開いた。
「別に、普通だよ。」
「其れじゃわかんないよー。」
「アイツ、口じゃなんやかんや言ってるけど、父親が死んだ時に一番自分を攻めていたのも知ってるし、今でも自分が父親を殺したんじゃないかって悩んでたまに夢にうなされているのも知ってる。
 俺みたいな兄が居て周りに比べられて惨めになっていた事だって知ってるし、寝る間も惜しんで勉強を頑張っていつもよりもいい点数をとったことだって知ってる。
 でも、そんなことを感じさせないようにアイツはいつも笑ってた。 其れがアイツの強さなんじゃねーかなーって想うんだ。 アイツの笑顔は周りのやつが笑顔になれるような力があるんだよな。
 そして俺はいつもアイツの笑顔に救われてる。 アイツは俺が持っていないものを持ってるんだ。」
 そう淡々と言葉が出て行く。 そうだ、と自分の中で納得しながら思い浮かべたのはあの後、誕生日を笑顔で祝ってプレゼントまでくれた桃の輝かしい笑顔で。
「へぇ、シンタローいいお兄ちゃんなんだね!」
「そうか?」
「そうだよー。」
「俺よりもお前のほうがいい姉ちゃんしてると思うけどな。」
「え? そう? なら嬉しいなぁ。」
 そう言ってアヤノは首に巻かれた赤いマフラーを触って微笑んだ。

「ほら、さっさと用意しねぇと置いていくぞ。」
「あー待ってよシンタロー!」

 そうだ、俺はずっと妹が羨ましかった。
 俺にないものを持っているアイツが、妬ましかった。 でも、やっぱり嫌いになんてなれないんだな。
 妹だからかもしれないけど、無条件で許してしまいそうになるんだ。 これが兄妹ってことなのかなと、最近は想う。
 文句を垂れても、言い合いになって喧嘩しても、いつの間にか仲直りしていつもどおりの関係に戻る。 そんな何処にでもあるような兄妹なんだ、俺達は。
「なんだ、俺ちゃんと幸せなんじゃん。」
 そう一つ、言葉を紡いだシンタローは静かに笑って帰宅の途に付いた。
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