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 キーボードのキーを叩く音が響き渡る部屋、不意に思い出したのは今日がすべての始まりでもあるということだ。
「今日はエネが来るんだったか……」
 エネ、実のところ今の俺はエネの正体も何もかもを知っている。 その正体が、先輩である榎本貴音だということを。 しかし、とある事情で俺はそのことを伏せなければならないのだ。
「お前頼むから静かにしててくれよ……」
 そう独り言のようにつぶやくと、何処からか其れに答える声が聞こえた。
「分かっているさ。」
 女の子の声にも聞こえるその声の主は、そっとシンタローのベッドに座る。
「気が付かれたら元も子もないんだからな。 俺とエネは今日が初対面なんだから。」
 そう言いつつ、シンタローはヘッドフォンを外してベッドの方へと振り向く。 その表情は酷く疲れて居るようにも見えた。
「君にそんな演技が出来るのかい?」
 小馬鹿にしたような物言いに、シンタローは静かに反撃をした。
「うっせーな。演技は得意だっての。」
「そうかい。」
 そんなありふれた、いつもの会話を終え作業へ戻るシンタローに、ベッドに座った女の子の姿をした何かは更に口を開く。
「誰かに協力仰げばいいのに、何故一人でやろうと思ったんだい? 正直非力な君にそんな大役が出来るとは思えないけど。」
 声が聞こえているのか聞こえていないのか、その問いかけには反応を返すことはなかった。 つまらなくなったのか、ベッドに座った女の子の姿をした何かはベッドに倒れ込む。
「お前本当なんでその姿なんだよ……その姿でがに股とかマジやめてくれよ……っていうかベッドに寝んなよ。」
 疲れたようにそう呟くシンタローに、ベッドに寝転がった女の子の姿をした何かは笑った。
「なんで嫌そうなんだい? だって君はこの姿の子が好きなんだろう? 寧ろ興奮するところじゃないのかい?」
「お前なぁ……」
「いっそこの姿に欲情してもいいんだよ?」
 そう言って挑発的なポーズをとって笑うそいつに、シンタローはため息をつく。
「話し方も、目つきも、アイツとは全然ちげーよ。 姿形を真似ても、お前はアヤノじゃないし、お前はアヤノにはなれない。」
「ふーん、つまんないなぁ。」
「っていうかそろそろ姿消せよ。 エネが来る。」
 そう言われるとそのベッドの上に寝転がっているアヤノの姿をした何かは素直に姿を消した。
「僕の姿は君の一番の想い人の姿を反映した姿だ。 蛇は大体の場合が主の記憶から姿を借りて実体化するのさ。 僕が借りた姿が君の想い人だったってだけ。」
 姿なき声に、シンタローは驚くこともなく淡々と返した。
「焼き付ける蛇、お前さ、姿変えられないのか?」
「無理だね。」
「そうかよ……」
 どうやら交渉は無理みたいだ。 こればっかりはもう我慢するしかないだろう。
「じゃあ僕は陰ながら君の行末を見守らせてもらうよ。 助けてほしかったら遠慮なく呼んでくれ。 今日からは気軽に実体化出来ないだろうからね。」
「ああ、そういう時が来たら遠慮なく頼ってやるよ。」
 最後にそう会話をし、シンタローは送られてきたメールをクリックした。


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もしもシンタローが早い段階で能力に目覚めていたとしたらっていうネタのプロローグみたいなものです。
早くも手詰まりなんですけどね。
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