1
+bookmark
 夕暮れ時、それは何かから開放される時間だと俺は想う。 だからこそ、その時間は絶対に無駄にはしたくはないのが俺の信条だ。
 君と出た手を繋いで出て行くキャンパスを照らすオレンジ色の夕日に見送られるように当然の如く恋人つなぎというやつで魅せつけるように歩いて行く。
「ねぇ、シンタロー。 今日の講義で分からなかったとこがあるんだけど、この後教えてくれない?」
「またかよ……お前この調子で本当に大丈夫か?」
 ため息をつきながら、俺はアヤノの方を振り返り微笑んだ。
「だ、大丈夫! シンタローが教えてくれたら百人力だよ!」
 冷や汗をかきながらも笑顔でそう言ってのけるアヤノにシンタローは再びため息をついた。
「いやいや、全然大丈夫じゃねえよ…… 大体、お前教師志望だろ……」
 この調子で大学を卒業できるのか、それだけがシンタローの悩むところである。 大体、アヤノが教師を志したのは父親の影響があるのだがその父親にもいろいろと心配されるほどアヤノは頭の出来が悪い。 高校生時代のテストの点数なんて赤点がザラであったのだ。
「ご、ごめんね…… 迷惑だよね……」
 シンタローのため息を見たアヤノは目に見えて落胆して、涙目になる。 きっとこういうのを”あざとい”と言うのだろう。 クソ、かわいい。
「迷惑だなんて言ってないだろ。 俺はアヤノと一緒に居られて嬉しいんだよ。」
 気づけばこんなこっ恥ずかしいセリフを素面で俺はアヤノに言っていた。 数秒して自分の言ったことに気づいて赤面するが時すでに遅し。
「シンタロー、なんか今日素直だね! うれしいよ!」
 そう言って俺を真っ直ぐに見つめて微笑む彼女の顔は夕暮れも相まってとても綺麗に染まっている。 思わず見とれてしまうほどに、彼女は綺麗でそして可愛い。
「あれ、どうしたの?」
「い、いや。 そういや、勉強はどこでするんだ?」
 顔が赤いのをばれないように、上を向いてそう言葉にすればアヤノは少し考えた後に驚きの言葉を口にする。
「じゃあ私の部屋で!」
「え?」
 アヤノが言い放った言葉に俺は頭が真っ白になってしまった。
 い、いや別にアヤノの部屋でナニかするわけじゃない。 それは分かっているが日も傾き始めている時に彼女の部屋におじゃまするというのはいろいろ変な感じがするだけだ。 断じて変な想像をしているとかじゃない。
「今日ね、お父さんとお母さんはお泊りでお仕事なの。 だから、家には私一人なんだ。」
「そ、そうなのか……」
 爆弾発言さらに投下してくるこの子、怖すぎる。 年頃の恋人同士が一つ屋根の下でなんてそんな特殊な状況で勉強に身が入るのだろうか。 自信がない。
「私の家はこっち!」
 笑顔で手を取り走って行くアヤノはとても可愛い。 可愛いけれど、俺の心臓がとても保ちません。
「お、おう。」
 なんやかんやで押しが弱いのはもうあきらめている。 どうしようか、なんて考えているうちにアヤノの家の前に俺は居た。 どれだけ長い間考え込んでいたのかは確認していないから分からないが、恐らく30分程ではないだろうか。
「上がって!」
 広々とした玄関を遠慮がちに上がる。 とても綺麗に掃除されていて、清潔な印象のあるアヤノの家はとても新鮮で思わずキョロキョロとしてしまった。
「私の部屋は二階なの。」
 そんな言葉に従い、俺はアヤノについていくように二階へと続く階段を登っていく。 そこにはとてもかわいらしいドアプレートが下がったアヤノの部屋の扉が待ち構えていて、思わず動悸が激しくなった。
「昨日掃除したから汚くは無いと想うんだけど……」
 赤面しながらアヤノはドアを開ける。 その先に広がっていたいかにも女の子という感じのファンシーな部屋に思わず見とれてしまった。
 この部屋でアヤノが寝泊まりとか着替えとかしているのかと思うととてもやばい。
「えっと、勉強の前に飲み物持ってくるね。 少し待ってて!」
 慌ただしく部屋から出て行くアヤノを見送り、しんとしたアヤノの部屋の中で俺はなぜか正座をしながら戻ってくるアヤノを待つ。
「なんで正座してるの? もっと楽にしてていいのにー。」
 飲み物を持って帰ってきたアヤノは俺の体制を見ると苦笑しつつ、飲み物を注いで手渡した。 それを一口飲んで、本題を切り出す。
「じゃあ勉強始めるか。」
「うん!」
 慌てて教材を机に広げて勉強を始める。
「アヤノ、ここ間違ってる。 ここは――」
「ああ、そっかーなるほど!」
 パアアと、表情が明るくなってノートに答えを書いていく。 その様子をぼーっと観察しながら次の問題に目をちらりと向ける。
「アヤノ、次の問題は一人で解いてみろよ。 さっきの問題よりは簡単だ。」
「うん!頑張るね!」
 その答えを聞いた俺は立ち上がって、ベッドに腰掛けた。 この位置はアヤノのノートが見下ろせる位置だからだ。
「うーん、ここがこうで……」
 問題を見ながら唸るアヤノに吹き出しながら、様子を見守る。 10分ほどその状態が続いた後、頭の上に電球が見えそうな勢いで答えが導き出されたアヤノは、嬉々としながらペンを走らせる。
「シンタロー!できた!」
 それはもう子供のようなテンションで彼女は俺にノートを見せる。 シンタローは書かれた答えをじーっと見つめて満足気に微笑み、親指をたてた。
「やった!」
「やれば出来んじゃん。 惚れなおした。」
 またも素面で恥ずかしいことを言ってしまった。
 ポカーンとしたアヤノはその言葉を理解するとぼふっと赤く染まる。 それを微笑みながら見るシンタローにむすっとしたアヤノは、ベッドに座るシンタローの膝の上に跨がり両手を彼の頬に添えてまっすぐにシンタローを見て挑発するように首元にキスをした。
「余裕そうなその笑み大好きだけど、私はそういう笑みが見たいんじゃないの。」
 その言葉にシンタローは微笑みを消して、アヤノの両手を握った。 あっという間に体勢を入れ替えた。
「挑発するのも大概にしとけよ、アヤノ。」
「だってずっと奥手でつまらないもん。」
 下からシンタローを見上げるアヤノはいつものほほ笑みとは違う笑みだ。
 その笑みにシンタローはふっと笑って、アヤノに顔を近づけてキスをする。 いつものではない少しディープなやつをだ。
「ちょっとだけ進展したね。」
「積極的すぎるのも悩みもんだなこれ。」
「えー、嫌だった?」
「嫌じゃねえよ。 びっくりしただけだ。」
 アヤノがあんな挑発的な態度をとるだなんて想ってもいなかったのだ、びっくりくらいするだろう。
「そんな素振りなかったのに、驚いてたんだ?」
「表情に出てねぇだけだよ。」
「もっとシンタローのいろいろな表情がみたいの。 隠さないでよ。」
「隠してねえし、隠すつもりもねえよ。 アヤノの前ではそれは無意味だろ? もっと進展したかったら途中で放り出してる勉強を終わらせるんだな。」
「あ、忘れてた!」
 表情を切り替え、アヤノは時計を見る。 勉強をそんなにしないまま、時間は無情にも過ぎ去って時刻はもう9時を回っていた。
「うわああ、どうしよう……シンタローもう帰る?」
「いや、もう終わるまで付き合うよ。」
 ため息を付きながら、シンタローはスマートフォンをいじって家に連絡を入れた。
「さて、アヤノ。 勉強のお時間だ。」
「よし、張り切っていこう。 終わらせたらご褒美ね!」
「考えておいてやるよ。」
 ニヤリと笑ったシンタローに、目を輝かせたアヤノはペンを握りもの凄い集中力で再び勉強を始めた。

 二人きりの時間は、まだまだ終わらない。
prev / next
△PAGE-TOP
←TOP-PAGE
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -