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*ド鬱です。 色々注意。




 言葉は呪いだ。
 言魂という言葉がある通り、言葉には不思議な力があるとされている。
 別に、言葉について語りたいわけじゃない。ただ、死にたいと思う度に見るアヤノの夢がそれを出来なくさせている。
「ダメだよシンタロー、君は生きなくちゃ。私の分まで、生きてね?」
 そう何度も何度も、アヤノは夢の中で俺に言った。それはもう呪いのように、生きてほしいと懇願した。だから、と言うわけではないがその生きては呪いのように頭のなかを巡り毎々俺の自殺を邪魔するのだ。何をやっても生き残ってしまう。
 そんな日々の中でカノに言われた1言は俺の中の何かを壊した。
「姉ちゃんじゃなくてお前が死ねばよかったんだ!」
 ああ、其のとおりだと思った。そう、それは俺がずっと思っていたことだったんだ。アヤノじゃなくて自分が死ねばよかった、と。
 アヤノは皆に好かれていた。いつも笑顔で、誰にでも優しくて、友達も多くて、そして弟妹からも好かれていた。 そんなアイツが死ぬよりも、頭が良いだけで何も出来ない俺が死んだほうが百倍マシだ。
「そうだな。」
 たった1言だ。でも、嘘偽りを言ったんじゃない、俺の本心である。此れでカノも喜んでくれるだろうか、なんて思っていたが反応は思っていたものとは違くて。
「……え?」
 信じられないとでも言いたげな声をカノは顔を強ばらせながら呟く。カノは一体、あの言葉に対して俺がどう答えてくれるのを期待したのだろうか。俺はただカノの言葉に賛成しただけだ。なのに、なんでそんな顔をするんだ?
「じゃあな。」
 もういいや、帰ろう。帰って、鋏で首を切って死のう――其のことしか、頭にはなくて、カノの引き止める声に耳を貸す事無く俺は背を向けて歩き出した。


 違う。こんなことが言って欲しかったわけじゃない。ただ、僕は否定して欲しかっただけだ。だってあんなの只の八つ当たりなのに。
 なのに、なんで否定しないんだ。なんで、肯定したんだよ。
「くそっ……なんで、」
 拳を握りながら、彼の消えていった道を睨む。そうして何分か経った後後ろから声を掛けられた。
「なにしてるんすか?」
 振り向けばそこにはいつになく怒った表情でこちらを睨むセトの姿があり、カノはいつものように笑う。
「何って、別に何もしてないよ?」
 いつものように完璧に振る舞えたはずだ。なのに、セトの表情は変わらない。もしかして、全部見ていたのだろうか。瞳が赤くなっていないから心は読まれていないはずだが、彼の瞳はただ真っ直ぐに心を見透かすようだった。
「……カノ。」
「なんでセトがここにいるわけ?今日はバイトじゃなかったっけ?」
「カノ。」
「べ、別に僕が何をしていてもセトには関係ないじゃん。」
「……修哉!」
 公園に、セトの声が響き渡ってそれに驚いた鳥がバサッと飛び立つ。そんな中で、カノは漸くセトの瞳をまっすぐに見据えた。
「シンタローさんに、謝りに行くっすよ。……それに、なんだか嫌な予感がするっす。」
 そう言いながらセトはカノの手を握る。この様子だと彼は全部見ていたのだろう。
「……修哉が姉さんのこと大好きだって事はわかってるっす。俺も、姉さんのことが大好きっすからね。」
「……。」
「修哉だって、本当は気づいているはずっすよ。」
 その言葉に、カノは何も言い返さない。ただ、俯いて拳を握っているだけだ。でも、その態度からは酷い後悔が伝わってくる。
「なんで、言い返さなかったんだよ……なんで、だってあんなの……」
「ただの八つ当たり?」
 セトの見透かしたようなその言葉にカノは言葉に詰まる。
「修哉は何を期待していたんすか?あの八つ当たりに対して、シンタローさんに何を言って欲しかったの?」
 最後の方のセトの口調は、真剣そのものでカノは言い返すことができない。
「ただの八つ当たり、修哉はそう思っていてもシンタローさんは違う。シンタローさんはずっと誰にも八つ当たりせずに自分を攻め続けてきた。」
 突きつけられた真実は、どこまでも自分自身を惨めにしていくものばかり。それでも言い返せないのは、全部真実だからだ。
「……ごめん。」
「俺に謝ったって意味がないっすよ。」
 カノの手を依然として握ったまま、セトは身を翻して如月家のある方角へと歩いていく。
「大丈夫っすよ。俺も行くから。」
 そう言って振り返らずに歩いて行くセトの背中をじっと見ながら、カノは俯いた。
「……?」
「セト?」
 暫くカノの手を引きながら歩いていたセトは、ふと立ち止まっった。ずっと下を向いていたカノはセトの背中に激突しながら前を覗きこんで見る。
 如月家の前に人集りと、救急車が止まっていた。
「カノ、少しここで待ってるっす。」
 セトはそう言うと手を離して、その人集りへと向かっていく。人集りの中の一人に話しかけいろいろ聞いた後、再びセトは戻ってきたがその顔はとても悲しそうで、カノは嫌な予感が止まらない。
「……落ち着いて聞くっすよ、カノ。――シンタローさんが、鋏で首をさして病院へ運ばれたらしいっす。」
 セトの言葉に、カノは目を見開いて驚くばかりだった。 言葉がうまく頭に入ってこない。
「運ばれた病院はこの近くらしいっすから、行くっす。」
 見る見るうちに、後悔の色に染まっていくカノの手を再び握ってセトは走りだした。大丈夫、きっと大丈夫……そんなことを何回も脳内で繰り返しながらひたすら病院を目指していく。
 たどり着いた病院でセトとカノを待ち受けていたのは泣き崩れる彼の母親だった。その光景ですら理解できずに――否、理解したくなくての方が正しい――立ち尽くすばかりだ。
 医者に話を聞けば、彼――シンタローさんは即死状態で運ばれてきたそうだ。 刺した場所が悪く、出血多量でどうにもならなかったと。
「……そんな」
 意味のない言葉が口から零れていく。信じることなんて、出来るはずがない。だって、さっきまで笑顔で話をしていたのに。
 どうしてあの子が、と彼の母親は泣き崩れる。よく見れば母親の服はシンタローさんの血で真っ赤に染まっていて手も血に濡れたままだった。
「カノ、」
 名前を呼びながらセトは振り返る。前髪で表情は隠れて、カノの表情はこちらからは見えない。しかし、雰囲気で酷く後悔をしているのだと分かった。
 医者曰く、彼は涙を流していたらしい。彼が死の間際何を思って泣いていたのかは最早知るすべはなく、最後の最後まで嘘だと思っていた思考は、白い布をそっとどかした先に見えた彼の顔を見た瞬間崩れ去った。
 声をあげることも忘れ、カノは崩れ落ちたまま動かない。対する自分も、先程から涙が止まらなくて、しかしそれを拭う余裕すらない為カノのことを心配している暇がなかった。
 それから暫く経って病院には桃を含めるメカクシ団メンバー全員が集まっていて、皆彼の顔を見た瞬間泣き崩れる。 特に彼の妹で父親をなくした経験のある桃の様子は酷く、パニックを起こしたかのように暴れた。
 そんな桃を泣きながら抱きとめる母親のぬくもりを感じた瞬間、部屋の中には桃の叫び終えが響き渡る。
 彼女が落ち着いた頃、カノはようやく事の発端をメカクシ団メンバーに話した。 声は震えていて、表情も俯いていて分からない。しかし、キドはそんな彼のうちに秘めた後悔を悟って、黙りこむ。
「……の、せいだ。」
 静かになった部屋で、桃の声が響いたのはその直後。カノは、その言葉にビクッと肩を揺らす。
「アンタのせいだ!アンタが、お兄ちゃんを……!返してよ!お兄ちゃんを返してよおおおお!」
 桃の瞳は、まっすぐ憎むようにカノに向けられている。
「き、キサラギ……落ちつけ!」
「許さない!絶対にアンタを許さないから!」
 涙で濡れた顔を拭うこともなく、桃はカノに向けてその言葉を叫んだ後部屋を走って出て行く。誰も、彼女の後を追いかけることができない。
「め、なさ……ごめ、なさ……」
 崩れ落ちたカノの口からは絶え間なく謝罪の言葉が紡がれる。

 しかし、その謝罪はもう彼には届かない。
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