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 ちゃんねる式文章シリーズ「SATH総合スレ」の番外編となります。
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 突き刺さるのは視線という名の刃、降り注ぐのは理不尽な言葉の暴力。
「なんでお前生きてんの?」
「死んじゃえばいいのに。 そうすりゃ皆笑顔になれるぜ?」
 そんな言葉ばかり自分に飛んでくる此処は何処だったけ。 机がいっぱい並んで、黒板があって、ああそうか、此処は教室で、学校だ。
「ほら、此処にナイフがあるだろ? それで自分をぶっさせば簡単にあの世にイケるぜ?」
 そう言って手渡されたのはカッターナイフ。 それを受け取ると、周りに居た男たちは消え去っていた。 回りにいるのは誰も居ない、自分だけ。
 まるで、世界に一人だけとり残されたみたいだ。
 次の瞬間、夕日に照らされていた教室は崩れ去って黒一色の空間になった。 自分の体だけがぼうっと浮き上がっている。
 その黒一色の空間は、自分の心を乱すに十分だった。 無性に誰かに縋りたくなった。 寂しくなった。 孤独に押しつぶされそうになった。
「………?」
 誰か、と声を出したつもりだったが何故か声が出ない。 あれ? なんで声が出ないのだろう。
「――!」
 助けて、と叫んでみても声は出ない。 助けを呼ぶことも出来ない、と言うのは精神的にかなり来るものだ。
 そして次の瞬間、其の空間に響いたのは先程まで聞こえていた声。 反響するように、何度も何度も繰り返す。
「死ねばいいのに。」
「生きてる価値ないなら死んじゃえよ。」
 声の主は見えないけれど、絶えず黒い空間に響く《死ね》という言葉の数々。 涙なんてもう出ない。 言われすぎて、慣れてる。 けど、でも。
 傷つかないなんてことはないのに。  もう、俺を開放して欲しいのに。
「――開放されたいなら、死ねばいいじゃん。」
 ああ、そうか。 そんな簡単な事で開放されるならそれも悪くないかもな。 この気味悪い空間から逃げられるなら。
「ほら、此処にあるよ。 ナイフ。」
 足元を見れば、先ほどのナイフがまた落ちていた。 先程までは、こんな気持になんてならなかった。 だって、ナイフが救いの神様みたいに見えるんだ。
 俺のことを救ってくれる神様に、見えたんだ。
 手を伸ばして、ナイフを拾い上げて、そして虚ろな目で銀色に光るナイフを見つめる。
 途端に、声が止んだ。 今まで散々耳元で聞こえたあの声たちが一切聞こえなくなった。
 そうか、此れが正解なんだ。
 自分の首に向かってまっすぐとナイフを構える。 此れを、首に刺せば開放される。 この黒い世界から。 一人の孤独から。

 ガバッとベッドから飛び起きる。 虚ろな瞳で時計を見れば、午前の3時過ぎ。 周りもまだ明るくなく暗いままだ。 その暗い状況がどうにも既視感を覚えてしまう。
 隣にはアヤノが寝ていたけど、起こす気力もなかった。
 とにかくこの暗いところから抜け出したいと、必至にベッドから這い出る。 でも、何処の部屋に行っても部屋は暗いままで、孤独に押しつぶされそうで。
 そんなくらい家の中で、キラリと光ったものがあった。
「あ……」
 その銀色に光るソレは、夢の中と同じ救いの神様に見えた。 そっと手にとって右手首に宛がう。
 これで、開放されるんだ。
 そんな思考のまま、シンタローは左手に持った銀色に光るナイフを右手首にあてがったまま思い切り引く。 鋭い痛みが襲う。 床に血が垂れ、薄れ行く意識の中、壁づたいにズルズルと座り込む。
 これでやっと開放される。 この暗闇から。 孤独から。


 深夜に目が覚め、ふと横を見ればいるはずの彼が居ない。 嫌な予感がしたアヤノは布団から飛び出て電気を片っ端から付けて彼を探す。
「シンタロー!」
 小さめの声で彼の名前を呼び、家の中を歩き回るとリビングに彼は赤をまとって倒れていた。 明らかに、深手だ。 切った場所が悪かったらしい。
 悲鳴を何とか飲み込んで、救急車を呼ぶため携帯電話を握る。
「……もう、開放してあげてよ。」
 そんな呟きを漏らしながら、アヤノは救急車に運ばれていくシンタローを見つめていた。

 病院に運ばれひと通り処置が終わって落ち着いた頃、アヤノはシンタローの家族と、貴音と遥に連絡を入れた。 朝早くにもかかわらず、すぐに駆けつけてくれたシンタローの家族と貴音と遥は病室に駆けこむなり、未だに眠っているシンタローの顔を覗き込む。
「良かった、無事そうね。」
 安堵した様子で貴音は溜息を吐いた。
「今回は傷深いね……」
 貴音の横に立つ遥はシンタローの頭を撫でながらアヤノに言う。
「シンタロー、最近夜はうなされてばっかりなの……いつもは気がついて起こすんだけど今日は……気が付かなくて……」
 もう少し発見が遅かったら医者は助からなかったかもしれないと告げた。 あの時、もしもシンタローが居ないことに気づかなかったら……そう考えるとぞっとする。
「ねぇ、もう精神科に相談したほうがよくない? このままにしておいたらあいつまた……」
「そうだよね……」
 今までに何回かこういう事はあったが、救急車沙汰になったのは今回が初めてであった。 此処最近、悪夢にうなされるようになった原因は間違いなくクラスメイトとの再会が原因だろう。
「目が覚めたらシンタローに言ってみます。」
 あの再会からもう随分経つのに、未だに悪夢にうなされ半狂乱状態になり手首を切るシンタロー。 もう、楽にしてあげたいのに。 悪夢から開放してあげたいのに。
 あのクラスメイトたちは、いつまで彼を苦しめるつもりなのだろう。
 眠っているシンタローの横にある椅子に座り、アヤノは彼の頬を手で触れながら呟く。
「シンタロー、大丈夫だよ。 独りじゃない、私達がいるから。 安心して休んでね。」
 其の言葉が彼に届いたのかは分からない。 だが、其の言葉を発した後のシンタローの寝顔はなぜだか安心しているように見えた。
 どうか、彼が幸せな夢を見て安心して眠れますように。 アヤノはそんな願いを抱きながら彼が目覚めるのを病室でただ只管に待ち続けていた。
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