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 知らなかった。 兄が、あんなに自分たちのことを思ってくれていたなんて。 あんなに酷い事を私は言ったのに、兄は私のためにってずっと行動してくれていた。 電話越しに響いてきた彼の本音は、隣に居た母親共々ちゃんと聞こえてきた。
 いつも彼は無表情で、何を考えているのか分からなかったけれど今回は違う。 電話越しだけれど、手に取るように彼の感情が分かった。

 違うんだよ、お兄ちゃん。
 私はお兄ちゃんのことを嫌ってなんか居なかった。 兄に対してあんな言動をしていた今、信じてもらえないだろうけれど私は兄が大好きだったんだ。 幼いころ、いつも私を守ってくれたのはお兄ちゃんで、宿題が分からなくて困っていたら分かるまで教えてくれた。 今、気づいた。

 ――やっと気づけたんだよ。

 私が嫌いだったのは、兄ではなく私自身の怠慢が招いた現状を兄のせいにしている愚かな自分だったんだ。
 だからね、今度お兄ちゃんと面と向かって話をする機会があったなら素直に言うよ。 謝罪と、本音を。 もう、逃げないから。 散々お兄ちゃんを傷つけてきた分今度は私がお兄ちゃんを支えていくから。 だから、死のうなんて思わないで。
 生まれてこなければよかったのになんて大嘘だ。 謝るから、何回でも謝るから。 許してなんて都合の良いこと言わないから、お願いだから…生きていて。 私から二人も家族を奪わないでよ。
「……ごめんなさい。」
 みっともなく泣いていた。 ちゃんと言えてたかすら怪しいけれど、きっと届いたと思う。 思いたい。 そんな私達をお母さんはまとめて腕に抱き寄せる。 兄は、ビクリと肩を震わせ恐る恐る顔を上げて、母親をまっすぐに見据えた。
「か、母さん……」
「伸太郎……」
 ぐちゃぐちゃに泣きはらした顔。 ここまで追い詰めてしまったのは私だ。 母親であるはずの私が今まで息子に対してとっていた行動は、紛れもなく虐待。
 そんな最低な母親な私を未だに母さんと慕ってくれている優しすぎる息子は元々細かった躰が更に細くなり、痛々しい。

 どうして、私はこうなってしまったのだろう。

 電話越しに貴音という子が言い放った“母親失格”という言葉は、反論する余地も無いほどに今の自分に当てはまってしまっている。 何時からだろう、自分の息子を気味悪いと思い始めてしまったのは。 最初は頭がいい子だなぁと、褒めていた。
そんな日々の中でいつしか私は、100点ばかりとるあの子の姿を気味悪いものに見えてしまっていた。 いつも完璧なテストの答案を見る度、この子は本当に私とあの人の息子なのだろうとか最低すぎることを思っていたのだ。
 だからこそ、自然にあの子の誕生日を祝わなくなって、そして頭がいいあの子はそれを察して何も私に対して求めなくなったのだ。
 息子が引きこもるようになってからは更にそれに拍車がかかっていた。 しかも、無自覚だったのだ。 今の今まで。 こんな最低な行為を無意識に自分の息子に対して行っていた自分は本当に愚かだった。 謝っても、謝りきれない程のことを私は息子に対してしていたのだ。
 あの子は天才じゃない、ただ、私がそれを求めていたから…それを叶えようと影で必死に努力していただけ。 そんな母親思いの優しい子なのだ、本来伸太郎という子は。 自分で望んだくせに、いざそれが叶うとそれを邪見に扱うなど、愚か者すぎる。
 こんなボロボロになるほどいろいろ溜め込んでいたのに、内側からひっそりと壊れていっていたのに、私はなにも気付いてあげられなかった。
「ごめんなさい……」
 先に言葉を発したのはシンタローの方だった。
「迷惑、かけてごめんなさい……」
 その言葉は紛れもなく、謝罪の言葉。 今まで自分が彼に対してしてきた態度の結果だ。 ――今の彼は、こうして私からの心配すら“迷惑をかけている”と恐れているのだ。 だから、こんなボロボロの状態でもこうして謝罪してしまう。
 こんなボロボロの状態になってまで私達を気遣うほど優しい子なのに、それまで私はこの優しさに甘えて利用して生きていたんだ。 自分の子供であるこの子を、精神的に追い詰めてそして挙句の果てには私達のためにって、こうして死のうとしてしまった。
「ごめんなさい……ごめんね、シンタロー。 お願いよ、お願いだから……生きていて……」
 ぎゅっと、自分の体温を伝えるように抱きしめたシンタローの細い体は冷えきっていて抱きしめた私の胸の中で只管に泣きじゃくる息子の姿はとても可愛く見えて。 紛れも無く私達の子供じゃないか、何を馬鹿なことを考えていたんだ私は、と心のなかで自分を罵った。
「大好きよ、シンタロー。 愛しているわ。」
「お兄ちゃん……いっぱい、いっぱい酷いこと言ってごめんね。 でも、全部違うの。 本当はお兄ちゃんが大好きで、尊敬しているの! ……大好きなんだよ!」
 妹――モモの叫ぶような声が辺り一帯に響き渡って、そして今まで濁っていた心がすっと晴れていく気がした。 そして今までどうやっても止まらなかった涙が、ピタリと止まってそうして俺はそっと顔を上げる。 俺の瞳に写ったのは優しげな顔で俺を見つめる涙を瞳に溜めた母さんと、大泣きしながら俺に抱きつく妹の姿。
 二人の瞳に写った俺は酷く歪んで見えて、でもそれは俺の表情が歪んでいたんじゃ無くて二人が泣いているからだと気付いて、そっと微笑みかけた。 本能的に笑わせなくてはとおもったのかもしれない。
 其の笑顔にビックリしたような表情を浮かべ、そしてぎゅっと妹共々俺を抱きしめた母さんの腕の中はとてもあたたかくて、そして安心できた。
「――良かったね、シンタロー。」
 後ろからアヤノの声が聞こえた。 声のした方を見れば、アヤノ・貴音先輩・遥先輩が微笑みながらこちらを見つめている。
「アヤノ……」
「ねぇ、シンタロー。 もっとさ、家族を頼っていいんだよ。 迷惑かけてもいいんだよ。 だって、家族だもん。 ――君は私みたいな間違いをしてはいけないんだよ。」
 そう、独りで突っ走ってしまった過去の私の間違いはもう二度とあってほしくないから。
「アンタさぁ、もっとアタシ達を頼りなさいよね。 いっつも一人で抱え込む、アンタの悪い癖よ。」
 何時だってシンタローの周りには、誰かが居たのだ。 アヤノ、貴音、遥、そしてモモ・母親も、手を伸ばせば届く位置にいた。
「ねぇ、シンタロー君。 君さ、もしかしたら頼ることが迷惑かけることって勘違いしてない? ぜんぜん違うよ? もっともっと、僕達に頼っていいんだよ? 助けてって泣きついてくれたって良かったんだよ? 僕たちはそれを迷惑だなんて思わない。 誰もそんなことで君を嫌いになんてならないよ。」
「だって、俺は……」
 何時だって、俺の所為で周りから笑顔が消えていった。 俺と仲良くしようとしてくれた子はいつもいじめのターゲットにされていた。 だから俺は求めるのも、誰かに助けを求めることもやめた。 だからこそ俺はアヤノをいつも遠ざけてきたんだ。 俺のせいでアヤノまで酷い目にあったら耐えられないから。 孤独なんてもう慣れっこで、嫌われることだって慣れているから。
「私達はね、アンタを“頭がいいから”なんて単純な理由で遠ざけたりいじめたりする心の狭い連中と馴れ合いたくないわ。」
「そうだよシンタロー。 こっちから願い下げ。」
「……ほら、ね?」
 目を見開いて、アヤノや貴音・遥の方を見る。 3人の顔は微笑んでいて、さっき言った言葉に嘘は無いんだと知った。
「だからさ、アンタがもう遠慮することなんて何もないワケ。 薄情な奴等のことは忘れて、楽しく生きようよ。 シンタロー。」
「俺、は……」
 戸惑いがちに、震える手を伸ばしてみる。 するとその手は3人の手に優しく取られて、手から伝わる温度がとても暖かくてとても安心できて、思わず涙ぐんでしまった。 すると其の涙はアヤノに寄って拭われ、背中からは妹が抱きつきそこからまた彼女の温度が伝わってきた。 此れが、俺の求めていたものなんだってそう自覚した瞬間涙腺は決壊して、そうして俺は皆に救いを求めるように開いている方の手をまた伸ばす。 それは、迷子だった子供が親を見つけた時のようなそんな光景にもみえて。
「――――。」
「やっと言ってくれたね、シンタロー。」
 シンタローのつぶやきが、高校の屋上に木霊する。 やっと言ってくれた彼の本音、そして、やっということが出来た彼の本心。
 アヤノは両手でシンタローの頬を包み込んで、そっと微笑む。 それに釣られるようにシンタローもまた涙を拭い切れない濡れた頬のまま、そっと微笑み返した。
「さ、帰ろ。 日も暮れてきたし、ね?」
「じゃあ皆さん、私の家に寄って行ってください。 ご馳走します。」
 モモとシンタローの母親が涙を拭いながら言うと、シンタローの手を取りながら立ち上がる。 それに釣られるようにシンタローもまた立ち上がり、そうして袖で乱暴に涙を拭って母親とモモの方を振り向いて微笑む。 そのほほ笑みは、見たことのないような幸せなもので思わず息を呑んでしまった。 こんな風に笑ってくれたのなんて初めて見たからだ。 そんな笑みに魅了されながら私達は学校を後にした。
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