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 数分前、貴音は高校の屋上に向かう前にとある人物へ電話を掛けていた。 それは、この件を解決するのには不可欠な相手。 何コールしたか分からなくなった時、漸く彼女は私からの電話に出た。 彼女は元気無さそうな声でもしもしと1言だけ告げる。
「……今日、母親は仕事?」
「家に居ます……」
「――じゃあ今直ぐに貴女はリビングへ向かいなさい。 そしてこの電話をスピーカー出力にして、二人で聴くの。」
「えっと……?」
「貴方は散々言いたいことをいって、シンタローを傷つけた。 そして自分自身から逃げた。 ――もう、逃げることは許さない。 彼の本心を、想いを二人で聞きなさい。」
 それだけを強めに貴音はモモに告げると、電話越しにドアを開く音、閉める音そして階段を降りる音が響いてそして母親らしき声とモモの声、それを確認した貴音は遥に合図を送りそして勢い良く屋上へと続くドアを開く。 バターンと、音があたりに響いた直後に見えてきた光景はとても衝撃的なもので。
 一歩踏み出せば真っ逆さまに落ちてしまう建物の縁に立つ彼、そしてフェンス越しに必死に呼びかけているアヤノ。 慌ててフェンスの近くへ駆け寄り、そして―
「――ッ」
 そこで初めて気付いた。 彼が、泣いていたことに。 生きていて、私の隣にいてと泣きながら説得するアヤノに、彼が言った言葉は妹を気遣う言葉ばっかりで。 其の言葉たちに苛ついて、貴音は叫んだ。 アンタの本当の気持ちが知りたい、と。
 シンタローは間を開け、そして吐き出すようにつぶやいた。
「母さんの期待も、妹の視線も……もう沢山だ。 俺は天才じゃない。 天才であることを周りが押し付けたから、俺が天才で居ることを皆が望んだから……だから俺は皆に内緒で必死に勉強してそして、皆が言う天才でいたけど……でも、天才になって、俺がテストとかで100点ばかり取るようになってから皆の目は変わった。 羨ましい、すごい、なんて期待を込めた眼差しじゃなくて完全にバケモノを見るような目で皆…俺を見るんだ。 母さんも、モモも――クラスの皆も。  母さんは、何時からか俺の誕生日を祝ってくれなくなったし……俺が引きこもるようになってからは、あまり話しかけても来ない。 俺が挨拶しても、無視したり、溜息ついたり。 そんなのばっかり……」
 何時だって、手を伸ばしていたこと。 誰か、誰かと心のなかで呼び続けたこと。 でも、誰にも声が届かずに溶けて消えたこと。
 いつだってそんなことばっかりで、願っても縋っても求めても、何も手にはいらないのであれば最初から求めるのを、願うのを、縋るのを、やめればいい。 そんな事を自分に言い聞かせ続けて、必死に自分を保とうとしていた。
 だから今まで生きてこられた。 周りが自分のことをどうでもいいと思っていても、母親でさえも自分を卑下する視線を送ってきたとしても、妹の不機嫌な視線を受けても、耐えてこられた。 ――耐えてきたんだから、もういいじゃないか。
 これ以上、自分に何を求めるんだ。 周りが求めたから俺は勉強を頑張ったのに頑張れば頑張るほど皆は離れていって、化物と忌嫌うようになって、そうして俺に居なくなることを求めた周りは、社会は、家族は、何を求めるんだろう。
 俺は、何時からか自分が母にとって要らない子だと認識していた。 だから高望みしなかったし、誕生日を祝ってくれなくても耐えられた。
「だから、もういいだろ。 俺がここから飛び降りれば、全部解決するんだ。 俺はもう生きていたくないし、モモと母さんは俺が居なくてもきっと何も思わない。 何時だって俺がいなくなればいいのにっていう視線をあの二人は送ってきていたから。 今更、俺が居なくなったところで悲しむ奴なんて何処にも居ない。 だったら――」
「目の前に居るじゃない!」
 シンタローの声を遮って、アヤノの声が響いた。 涙を拭くことを止め、真っ直ぐとシンタローの目を射抜くように見つめる彼女はとても真剣だ。
「君が居なくなって悲しむ人は、目の前に居る。 ……私だって、貴音先輩だって、遥先輩だって、君が居なくなったら哀しいんだよ。 手を伸ばせばすぐそこに、君が求めているものがあるんだよ!」
 アヤノは一泊置いて笑う。 シンタローは相変わらず、両の目から涙を零しながら戸惑いがちにフェンスに手を伸ばしてアヤノの手に触れる。 きっと、此れが今の彼が出来る精一杯の自己表現なのだ。 それを合図にしたように遥はフェンスを乗り越えてシンタローの手をつかむ。
 泣きじゃくる子供の様なシンタローを遥はそっと抱きしめ、背中を擦る。 彼が落ち着いた頃合いを見計らい遥は先にフェンスを再び乗り越えて、後からシンタローがフェンスを乗り越える。 シンタローが安全圏に来た所を見計らい、アヤノはシンタローに抱きついた。
 貴音はシンタローから少し離れた位置で手に持っていたスマートフォンに向かって話し始める。
「……ねぇ、ちゃんと聴いてた? アイツの、シンタロー本音。」
 返事はなかった。 しかし、電話越しに二人の息遣いが聞こえてきたのできっと聞こえているはず。
「如月モモ――アンタは、こんなに優しい兄が居たのになんで気付かなかったの? ……なんでシンタローの母親であるアンタは、自分が求めたこと叶えたのに気味悪がったりしたの。 なんで、ただアイツはあんたの願いを叶えただけじゃない。 妹にあんな事を言われても、妹を責める言葉ひとつ言わずに自分が死ねば妹は喜ぶだの、そんな言葉ばかり吐くアイツの優しい本質をなんで家族であるアンタ等が知らないの。 アイツはただ優しいだけの、ごく一般的な男子高校生だったのに。」
 シンタローはただ、周りより少しだけ頭がいいだけの優しい男の子だったのに。 周りが求めたから、それを捨ててまで天才でいようとしたのに。
「ハッキリ言うけど、母親失格だよアンタ。 こんなにアイツが追い詰められていたのに気づかないなんて、本当にアイツの母親なの? ――いつまでアンタ等はそうやって電話越しで家族の慟哭を聴いているつもり?!」
 人のことを棚に上げて居るとはまさにこの事。 私だって人のこと言えない、けれど、私以上に愚かな真似をし続けている人を目の前にして放っておくなんてこと私には出来ないから。
 どんな悪役になっても、口が悪いとか言われても、大切な後輩のために私は何でもしてやる。
「――以前通っていた、高校の屋上。 アイツは其処にいる。」
 それだけを吐き捨てるように電話越しに伝え、そして電話を乱暴に切る。 そして、一息ついて気分を入れ替えた後シンタローたちのもとへと小走りで戻っていく。
「あ、貴音……どうだった?」
「――多分、来ると思う。」
「そう……」
 チラリとシンタローの方を向けば、当の本人はアヤノに抱きつかれながら未だに止まることの知らない涙を必死に拭っていた。 其の姿は痛々しく、貴音は思わず顔を顰める。 泣かないで、なんて安直な言葉じゃきっと彼には届かない。
 きっと、今この場に必要なのはあの二人の存在なのだ。 妹、そして母親。 彼がこうなってまで守ろうとしていた存在。
 シンタローのすすり泣く声が響く高校の屋上、小一時間ほど立って階段を二人の足音が登ってくる音が響く。 そうして、屋上に現れた存在に貴音は酷く安心を覚えた。
「来てくれてよかった。」
 貴音はそれだけ告げ、そして泣いているシンタローの肩をぽんと叩く。 彼は恐る恐る、後ろを振り返れば其処にいたのは彼の妹と母親だ。
「お兄ちゃん!」
 妹であるモモは、涙を隠すことも忘れ夢中で兄を呼んだ。 その声にかぶせるように母親もまた彼の名前を呼ぶ。 それを確認したアヤノと貴音、遥は互いに合図してシンタローからそっと離れ距離をとった。 此処から先はあの二人次第だ。
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