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 大嫌いなんてとっくの昔に分かっていたことだった。
 言葉に出さなくても態度で分かってしまうのだ。 だからこそ俺はあまり妹にかかわらないようにしていた。 俺が妹に関わることで、彼女が不機嫌になるのなら俺は関わらないようにするだけ。
 俺は別に妹が嫌いなわけじゃないし、寧ろ家族だし妹だからそれなりに愛しているつもりだ。
 ただ、俺が居るせいで彼女が惨めな想いをしているこの現状がとてもつらい。 俺が生まれてきたせいで彼女が嫌な気分になるのだから、それは申し訳ないばかりである。
「……あんなに嫌われていたのは流石に予想外だったな。」
 嫌われているのは予想が出来たが、それでも胸に残った痛みは消えない。 なんであそこまで嫌われてしまったのだろう。
 俺の頭がよくなかったらこうはならなかったのだろうか。
「結局オレは頭が良いってだけで嫌われるんだな。」
 何故誰も彼も、俺の内面なんて知ろうともせずに頭の善し悪しで判断するのだろう。 そう、俺の家族さえも。 前々から感じていたこの孤独――家族が集う家の中での俺の居場所のなさ、そして周りからもらう目線の意味。
 皆が俺に願ったから、母さんも俺が100点を取ったテストを見せれば喜んでくれたし褒めてくれたから……だから俺は必死に頑張ったのに。
 ――いつからだろう、母親の100点のテストを見る目が気味悪いとでも言いたげな視線になったのは。 母さんが俺の誕生日を祝ってくれなくなったのは何時からだったっけ。
 ふらふらとアジトを後にした俺は、妹に言った言葉を只管反省しつつ何処かへと向かった。 気がつけば俺は、前通っていた高校の屋上から景色を眺めていた。 どうやってここまで来たのか、どうやって高校の中へと入ったのかは覚えていない。 この場所は、前アヤノが飛び降りた場所でもあり俺が飛び降りようとした場所である。 あの日アヤノが助けに来てくれたから今俺は生きているのであり、あの日俺がアヤノに助けられなかったら、きっと墓の下に今頃俺は居たのだろう。
「もう……いいかなぁ。」
 そう誰にも聞こえない呟きを俺は高校の屋上で誰に向けたわけもなく呟いた。 家族にさえ迷惑をかける俺なんて生きている価値などない。 だからここから飛び降りて死んでしまえば、全てうまく行くのではないだろうか。
 だって、俺のことを見てくれている人なんてきっと誰も――
「――シンタロー!」
 屋上のフェンスを乗り越えて、一歩踏み出せば落ちてしまう縁に座っていた俺は後ろからよく知る声で呼び止められた。 走ってきたのだろう、息を切らしながら俺を呼び止めた其の姿は見間違えようもない、アヤノだ。
「危ないよ! 早くこっちに来て!」
 フェンス越し、必死に問いかける彼女の瞳は真剣そのものだった。
「……。」
 なにも言えない、何も浮かんでこない。 頭が真っ白になったのは何故だろう、アヤノの顔を見た瞬間に湧き上がったこの途方も無い安心感は何故。
「シンタロー……泣いてる……」
「――え?」
 彼女に指摘されて初めて自分が泣いていることに気付いた。 そういえば、前に泣いた時もこの場所だった気がする。
「帰ろうよ、シンタロー。 君の居場所ならここにあるよ!」
 笑顔でそう告げる彼女に手を伸ばしそうになったけれど、それでも俺は手を伸ばせない。 なぜなら此処で帰ったら桃がまた惨めな想いをする日々が戻ってきてしまうのだ。 無言で首を横に振る俺に彼女は悲しそうな顔をしてそしてフェンスギリギリまで近づいて、フェンスを掴んで”帰ろう”とまた問いかけた。
「だって、俺が帰ったらまた桃が惨めな思いする生活に逆戻りしちまう……だから、帰れない。 もう、放っておいてくれよ……」
 18才、もうすぐ19歳になる男がみっともなく女の子の前で泣いている。 でも、涙は止まることを忘れたように止めどなく両の目から溢れてくるのだ。
「こんなことしても、モモちゃんは喜ばないよ……。 シンタローが生きていてくれなくちゃ、誰も笑えないよ……。」
「……俺が此処で死んでもきっと皆は俺を忘れて生きていくんだ。 人は忘れる生き物だから……」
 そう、人は何れ忘れるのだ。 俺が此処で死んでもきっと何年か経てば俺の存在はなかったことと同義になるのだろう。 だからこそ俺は此処で死ぬべきなのだ。 桃が、楽しく生きていけるように。

 どうしたら良いのだろう。 どうしたら頑なに閉ざされた彼の心の扉を開いてあげられるのだろう。 絶え間なく目から流れる涙を見れば分かる、彼の表情を見れば分かる、こうなるまできっと彼は独りで耐えてきたのだと。 その間側に居られなかった私はこんなにも無力だ。
 辛いくせに、本当は死にたくなんて無いくせに、彼は妹の桃ちゃんのためにと死のうとしている。 こんなにも彼は妹のことを気にかけていたのに、何故、彼女はそれに気が付かなかったの?
「お願いだよシンタロー……死なないで……私の隣にいて……」
 どうしようもなく無力な自分にはこういった言葉しか彼にかけてあげることが出来ない。 誰か助けてよ、なんてどうしようもないことさえ私は今考えているのだ。
「――――シンタロー!!」
 そんな時、屋上の扉が勢い良く開かれた。 驚いて振り返ったアヤノの目に飛び込んできたのは、先輩である貴音さんと遥さんだ。 二人は乱暴にドアを開けた後、シンタローの立っている場所を見た途端血相を変えてフェンスの側まで走ってきた。 側に寄って見て、初めて気付いたシンタローの涙に二人はビックリしたような表情をした後悲しげに彼の名前を呟く。
 そしてアヤノはふと気づく。貴音さんの手に握られたスマートフォンに。
「だって、俺が生まれてきたから……アイツは惨めな思いする事になったんだ。 ――――全部、俺のせいなんだ。 俺が、生まれてきたから…… 俺が死ねば、きっとアイツも喜ぶんだよ! 俺がいなくなればきっと周りの人間は桃を見てくれるんだよ!」
「そこにアンタの意思は無いでしょう?! シンタロー、私はアンタの本当の気持ちを――意思を、知りたいんだよ!」
「シンタロー、君の本当の気持ちを……私達に教えてよ。」
 なるべく彼を刺激しないように自然な笑顔を心がけ、彼に問いかけた。
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