「きゃああああああ」
平和だった昼下がりのアジトの中に、突如響き渡った女の叫び声。 その声の主はこの間入った新入りの舞という少女のものだった。
「どうしたんだ舞!」
団長を含めるみんなが部屋に駆けつける。 そこには俯き、前髪で表情の見えない如月シンタローの姿と、服をビリビリに破かれた舞の姿。 この状況は一体何なのだろうか。
「だ、団長……シンタローくんがっいきなり……襲ってきて……」
その声は涙ながらの訴えである。 彼女の訴えが本当だった場合、シンタローは女の敵と呼ばれる行為をしたことになるのだが、普通こう言った場合少しは反論するものなのではないだろうか。 なのに、シンタローは反論するでもなくただ俯いているだけだ。
「なにか言ったらどうなんだシンタロー。」
全員がシンタローに軽蔑の視線を送る中、当の本人は黙りを決め込んでいる。 少し強めの口調でキドがシンタローに問いかけるがそれも無駄なことで、シンタローは俯いているだけ。
反論する気もないのだろうか。
「どういうことか説明してよ馬鹿兄!」
妹であるモモが兄に詰め寄る。 みんなみんな、シンタローがやったと疑わない。 何故、何も言わないのだろう。 やったならやったと、罪を認めるべきなのではないか?
「シンタローさん! どうしてこんなことしたんすか!」
セトが攻撃的な口調へと変わる。 それでも何も答えないシンタローにカノはイラっとし、つい口を荒らげる。
「ちょっといいかげんにしろよ! なんで何も言わないの!?」
メンバーが口をそろえてシンタローを犯人扱いする中、アヤノといえば無表情でシンタローを見つめているだけだ。 軽蔑するでもなく、悲しむわけでもなく、ただ、シンタローを見つめているだけ。 一体何なのだろうこの二人のこの状況は。
「……姉さんからもなんか言ってほしいっす!」
そんなセトの頼みをアヤノは華麗にスルーし、無表情でシンタローを見つめ続ける。 そのアヤノの様子に遥も貴音も不安そうにしていた。 そんな時の事だ。
アヤノとシンタローが同時に吹き出した。
それ以降は、先ほどの様子と売って変わり大声で笑うアヤノとシンタロー。
突然のことに、周りのメンバーは状況が理解できていない様子だ。
「ちょ、何笑ってんのよ!」
服をビリビリに破かれた舞が怒った声に、メンバーは我に返った。
「あー、笑った笑った。 もう、こらえるの大変だったよー。」
ようやく収まったらしいアヤノは、涙を拭きながら舞の方を向いて一言。
「馬鹿じゃないの」
そうして飛び出してきた言葉は、アヤノからは想像もつかないような暴言だった。
「――え?」
「シンタローがそんな事するはず無いじゃない。 アンタ、自意識過剰すぎじゃない? 笑いが止まらないわ。 ねー、シンタロー。」
「本当、馬鹿すぎて言葉にならねえよ。 俺がお前を襲った? アンタみたいな不細工な女を襲うくらいなら今此処でアヤノを襲うわ!」
其の言葉にアヤノを姉と慕う3人が反応をし、シンタローを責める言葉を口々に言おうとする。 そんな言葉を遮ってアヤノは笑顔でシンタローに言った。
「もう、シンタローそういうのは二人っきりの時にいってよー。 恥ずかしいじゃない!」
状況が把握できていないキド・カノ・セトは、戸惑いながらアヤノの名前を読んでいた。
「ぶ、不細工ですって!?」
舞がシンタローの言葉にキレかかろうとしたその時、アヤノが先ほどのシンタローの言葉に付け足すように舞に言う。
「性格的に、ってことよ。 わからない? 男しか見ない、自分が可愛いと思い込んで自分の価値観だけで判断したイケメンじゃない男は駒同然の扱い。 本当、不細工すぎて話しにならないよ。」
「なによ! 私はアイツに襲われたのよ!?」
「へぇ、俺がお前を襲った……ねぇ。」
舞の言葉にシンタローはニヤリとして、手元にあったパソコンを立ち上げ、何やら操作をする。 其の画面を舞に見せるようにシンタローは立ち、エンターを押した。 流れたのは舞の自作自演が映された動画だ。
「……ッ」
「舞、これはどういうことだ。」
「ち、違うわ! あんなのデタラメよ! 作り物だわ!」
「アンタ、救いようのねえ馬鹿なんだな。 こんな現実と区別のつかないようなCG技術なんて俺にあるわけねーだろ。 現実を考えろよ糞女。 母親の胎内からやり直せ。」
「ちょっとシンタローそれは言いすぎだよー。 母親がかわいそうじゃん。」
え、こいつら誰?と言いたくなりそうなほどにキャラの変わった二人に、みんなは動揺するしか無い。 論破された舞は、とたんに本性むき出しになったようなそんな顔をして、シンタローを睨んだ。
「覚えておきなさいよね!」
そんな悪役さながらの言葉をいい、逃げようとする舞にシンタローは追い打ちをかけるようにとある事実を口にした。
「誰もお前を迎えになんてこねーよ。 携帯、みてみ。」
慌てて携帯を確認した舞の目に飛び込んできたのは、新着メール2件の通知。 開けばそれは、この後自分を迎えに来てくれるはずだった男二人からのメール。 内容は、「お前に協力なんてするんじゃなかったわ。 もう二度と俺達の前に現れんなよこの糞女。」 こんな感じのが2件。 つまり、舞は見方から見放されたのだ。
「な、なんで……」
「アンタがこういう行動にとるって、俺は予想していたからな。 予め手を回した、それだけのこと。 まさかこうも簡単に計画通りやってくれるなんて思わなかったけどな。」
「きゃーシンタローカッコイー!」
「ちょっとアヤノ黙って。」
シンタローの牽制に、口をとがらせいじけたアヤノを見ながらシンタローは舞を見下すように最期の強烈な一撃を口から放つ。
「つまり、全部全部筒抜けだったんだよ。 ブッサイクで仲間からも見放されたカワイソーな糞女さん。」
それはもう、強烈な一撃だった。 其の一言で舞は涙目になりながら、アジトを逃げるように去っていく。
静寂が訪れたアジト内で、一番初めに口を開いたのはアヤノだった。
「……所で、みんなはシンタローにいうことあるんじゃないの?」
にっこり、としたいい笑顔。 なぜだか寒気がしたのは、きっとアヤノが怒っているからなのだろう。 其の言葉に我に返ったキド達はシンタローに全力で謝罪をした。 疑って悪かったと。
「別にいいよ。 お前らの中での俺がどういう存在なのかよーく分かったし。 じゃあ、俺行くわ。 行くぞ、アヤノ。」
「はーい!」
「姉ちゃん!」
「…………一言だけ、言っておくけど。 シンタローは私の彼氏だからね。 カゲロウデイズを攻略した後からずっと。 皆がずっと、シンタローはひょろひょろでニジオタコミュショーヒキニートだって思っている間にね、随分変わったの。 この間なんて、綺麗な回し蹴りで不良を蹴散らせてたんだから! さっすが私のシンタロー!」
なんて、俄に信じられないような事を言い放ってアヤノはシンタローを追いかけてアジトを爽快に去っていった。
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