メカクシ団がALO入りする話【25】
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 暗い病室、そこには苦しそうな息遣い響く。 アヤノと別れた後すぐにセトの病室へと駆けつけていたクロハだが、当の本人が寝ている病室内ではやることもなく、暇を持て余していた。
 そっと手をセトのおでこへと当てるが、熱はまだひいてはいないようだ。
 先ほどすれ違いざまに医者にセトのことを聞けば、免疫力が低下しているために重症化したのだそうで、暫くは点滴で様子を見るらしい。
 このことに関しセトは周りに知られることを嫌がった。 しかし、もう隠せる状況ではないのも十分分かっているはずだ。 入院まで重症化したのだから。
「安心しろ。 この件に関してシンタローには何も言うつもりはねえから。」
 彼に言い聞かせるにはまだ早すぎる。 退院は愚か、精神的に回復だってしていない状況で話せば更に彼を苦しめてしまうのは目に見えているからだ。
 コンコン、とセトの病室の扉がノックされた。 短く返事を返せば、声の主は桐ヶ谷和人だ。
「……やっぱりセト倒れたんだな。」
 入って、彼の顔を見るなり心配そうに表情を歪めて呟く。
「その様子だと気づいてたのか。」
「昨日病室で見かけた時、様子がおかしかったからな。 少し気にはなっていたんだ。」
 苦しそうなセトの顔を心配そうに見つめて、和人は窓の外に目線を移した。 そんな和人に問いかけるようにクロハは口を開く。
「シンタローの方はどうだ?」
「ああ、そのことなんだけどさ……さっき俺が居ない時にナースが部屋の電気を消したらパニック起こしたらしい。 ――重度の暗所恐怖症だってさ。 今のシンタローは夜でさえ恐怖の対象だ。」
「暗所恐怖症……」
 ずっと暗闇の世界に居たのだから、暗闇に恐怖を覚えるのも無理は無い。 しかし、夜にさえ怯える程の恐怖症と言うのは辛すぎる。
「……無理もねえよな。 あんな所にずっと閉じ込められていたんだ。」
「とりあえず、暗闇以外なら割と普通だからリハビリは予定通り始めるらしいよ。 昨日ひと通り気持ちを吐き出してスッキリしたらしいからな。」
その言葉でクロハは安心したように溜息を吐いた。
「じゃあ、俺はそろそろ帰るよ。 もう夕方だし。」
「ああ、こいつらのことは俺に任せておきな。」
 ふと笑って和人を送り出したクロハは、笑みを消してセトに視線を移した。
「ったく、どいつもこいつも。」
 それは自重を映した笑み、しかしそれが誰に宛てたものなのか、それはクロハにしかわからない。



 次の日の朝、セトの病室へと朝一番で駆けつけたメカクシ団メンバー。 未だに目が覚めずに眠る彼の側で誰も言葉を発さず、かと言って悲しそうな言葉も表情も悲しそうなものではない。
 静寂に包まれる病室内で、セトの苦しそうな顔を見ながらカノは自重するように笑って口を開いた。
「……本当、セトってシンタロー君に似ているよ。」
 性格的には恐らく正反対なのだろうが、本質的なところは似ているとカノは思う。 自分のことよりも、まずは周りの事を優先させてしまう悲しい優しさがそっくりだ。
「まだ熱があるんだな……」
 キドがセトのおでこに手を当てながら呟く。
「セト……」
「大丈夫だ、マリー。」
 心配そうに顔を歪めるマリーの頭にキドはぽすっと手を載せて微笑みかけた。
「セトさんって、いつも笑ってばっかりだから変化に気づきにくいのよね。 まぁ、それが気づけなかった正当な理由になんてなるわけがないんだけど。」
 ヒヨリが開いた椅子に腰を掛けてセトの方を心配そうに振り返る。 園となりに達、ヒビヤはそれに付け加えるように口を開いた。
「でも思い返してみれば、ここ最近のセトさんってふらついたりぼーっとしていたりすることが多かったよね。」
「確かに……立ち上がろうとするとふらついたりなんて何回もあったわね。」
 ヒビヤの言葉にヒヨリが付け加えると、キドが椅子に腰掛けながら呟く。
「……ったく、シンタローといいセトといい優しい奴ばっかりだな。」
 そうキドがつぶやいたその瞬間、セトの瞼がぴくりと動きゆっくりと開かれた。
「セト!! 起きたか……良かった……!!」
 一番近くにいたキドが真っ先に反応し、カノが次にセトの側に駆け寄る。 マリーは泣きながらその場に崩れ落ちてしまっていた。
「……セト、具合はどう?」
「少し楽になったっすよ。 だから……マリー少し泣き止むっす。」
「だ、だってぇ……」
 そう言って更に泣きじゃくるマリーに困ったように笑ったセト、しかしカノの表情は冴えない。 それを見越してか、キドがすっと立ち上がり口を開いた。
「モモ、マリー、ヒヨリ、ヒビヤ、貴音さん、遥さん、姉さん、少し――」
 その言葉だけで伝わったらしく、皆は立ち上がって次々に病室を出て行く。 それを見届けたキドは、病室の出口に向かいすれ違いざまにカノにちらりと視線を向けて微笑みかけ、病室を出て行った。
「ダメっすね……心配かけちゃいけないって、分かってたのに結局俺は……」
 目元を隠すように手を顔の前で組んで、震える声でセトはつぶやいた。
「セト……」
「此処最近寝ようと目を閉じるとフラッシュバックして……寝れないんすよ…… 忘れようと思ったんすけど、ダメっすね。 脳裏に焼き付いて……今でもちょっと……」
 忘れることなんて出来なかった。 あの記憶は自分には衝撃的すぎて、今でも思いだしてしまうのだ。 あんな暗闇の中で、あんな行為にずっと耐えていた彼の気持ちを思うと涙ぐんでしまう。
「……ごめんね、セト。」
 あの時、セトは自分の抱えていたものを一緒に背負ってくれたのに今の自分はセトの抱えているものを一緒に背負うことが出来ない。 だって自分の脳力はそういうものではないから。 否、これはきっと言い訳だ。
「気が付かなくて、ごめん。」
 気が付いてあげるべきだった。 気が付けたはずだった。 それなのに気が付くことが出来なかったのは僕が至らなかったせいだ。 冷静さを見失っていた自分のせいだ。
「無理させてごめん。」
 さっきから誤ってばっかりだが、他に言葉が見つからなかった。 何を言えば苦しむ彼を楽にしてあげられるのかとかそんなことばっかり考えて、考えて、それでもまとまらなくて意味の無い母音が口から零れていく。
「……修哉、そんな顔しないでほしいっす。」
 ポツリと呟かれたその言葉にバッと顔をあげる。 するとセトは起き上がって、顔をこちらに向ける。
「そんな顔をしてたら、こっちまで泣きたくなるっすよ。」
「……さっき泣いてたじゃん。」
「まあ、そうっすね。 最近涙脆くてだめっす……」
 そう言うとセトは苦笑を漏らす。 カノもそれにつられて微笑んだ。
「正直いえば、まだ楽になったわけじゃないっす。 ――でも、修哉がこうして俺の事を泣くほど心配してくれる……それだけで大分救われたっすよ。」
 当たり前のことを、思い出せた。 独りじゃないって、再確認した気分だった。 自分には兄弟が居たのだ。
「……修哉、一つお願いがあるっす。」
 目線をカノから窓の方へと移して、セトは呟いた。
「お願い? なに?」
「名前、呼んでほしいっす。」
 こっ恥ずかしいと感じてしまったのは仕方がないだろう。 楯山家を出てから名前を呼ぶ機会なんてめっきり減って、こういう時くらいしか呼ばなくなっていたから。
「……幸助。」
 ぽつり、と呟かれた名前。 その名前を聞いたセトは瞳を閉じた。 口元が笑っているように見えたのは気のせいではないだろう。
「なんで笑ってるのさ。」
「いや、安心するんすよ。 こうやって前みたいに名前を呼ばれると。」
 カノが自分の名を呼んでくれるその響きだけで不安に苛まれる心がすーっと落ち着いていく。 こういう時、兄弟が居てくれるその頼もしさに心が温まっていくのがわかる。
「……まあ、正直それは同意するけどさ。」
 自分だってあの時セトに名前を呼ばれて酷く安心してしまっていたのだ。 否定することなんて出来やしない。
「暫くゆっくり休みなよ。 バイトは僕が代わりに行っておくからさ。」
「え、でも……」
「まだ熱あるでしょ? これ以上無理したらマリーが黙ってないと思うよ。」
「あー、確かに……じゃあ、お願いするっす。」
 そう言うとセトはまた笑う。 その笑顔に安心したカノは身を翻しドアを開けた。
「みんなー、入ってきていいよー。」
 カノがそう言うと、真っ先にマリーがセトの元へと駆け寄った。
「セトぉおお!」
「ま、マリー……」
 その泣きはらした顔に苦笑を漏らしたセトは棚に置いてあった私物からハンカチを取り出してマリーの涙を優しく吹いてあげる。
「ご、ごめんね! 気が付いてあげられなくてごめんなさいいい!」
「ちょ、ちょっとマリー大丈夫っすよ! 俺はもう平気っすから!」
 ついに泣き出してしまったマリーにおろおろするセトを見ながらキドはにやりとしながら言う。
「諦めろセト、心配かけさせた報いだ。」
「……ごめんっす。」
「そんな顔するな。 謝るのは寧ろ俺の方だろう。 すまなかった……」
 しっかりと頭を下げてキドはセトに謝罪した。
「アンタ、頑張りすぎる所あるからこの際だからゆっくり休みなよ。」
 カノと同じようなことを言いつつ心配してくれる貴音に笑みをこぼしながらセトは頷いた。
 その時、コンコンと扉がノックされた。 セトは短く返事をすればその扉は開かれその先には和人が立っている。
「か、和人さん……?」
「良かった……目覚めたんだな。 ――多分知らないだろうと思って伝えにきた。 須郷が全面的に罪を認めたそうだ。」
 その言葉にアヤノは安心したように溜息を吐いた。
「やっと認めたんだね……良かったぁ……でも、ALOはどうなるの?」
「ああ、そのことなんだが……」
 そして和人はALO……いや、ヴァーチャルMMOの今後を語る。 その話を聞いて、アヤノはALOの世界が無くなる事が無いことに深く安堵していた。
「だってあの世界は綺麗だもの。 作った人がどうであれ、私はその世界をシンタローに見せてあげたいの。 だってずっと暗闇の世界にいたんだから。」
「そうだな。 確かにあの世界は綺麗だ。 ――ALOの再開は少し時間がかかるんだ。 今年中にはいや、恐らくは3ヶ月後くらいにはまた再開出来るだろうってさ。 シンタローも、その間には退院出来てるだろ。」
「そっか……ねぇ、和人君。 シンタローの様子は……どう?」
 表情を一変させ、アヤノは和人の目を真っ直ぐに見ながら問いかけた。
「まあ、ひと通り気持ちを吐き出したお陰で随分楽になったって本人は言ってたよ。 でも、問題が一つ。」
「……問題?」
「シンタローは重度の暗所恐怖症だ。 この間ナースが夜に電気を消したらパニック起こしたらしい。」
「暗所……恐怖症……」
 アヤノが拳を握りながら絞りだすように呟く。
「……しかたないっすよ。 実際、俺だって今ちょっと暗闇が怖いっす。 寝る時だって今は明かりをつけて寝てるっすよ。 ……俺は実際に体験したわけじゃないっすけど、それでもこうなったってことはそれを実際に体験したシンタローさんは……」
 最後の方は言葉に詰まっていたセトは、瞳をそらして暗くなりつつある空を見上げた。
「セト……」
 カノが心配そうな眼差しをセトに向けると、セトは表情を一変させて微笑んだ。
「大丈夫っす。 恐怖症とかそこまでじゃないから。」
「ならいいけど……ムリしないでよね?」
「もうしないっすよ。」
 その答えに満足したのかカノは先程の表情はどこえやら、いつもの調子で笑う。
「……アヤノ、それと皆聞いてくれ。 シンタローのことだ。 クロハから聞いて知っているだろうから蒸し返すつもりはない。 本人だって攻めるつもりなんて毛頭ないんだ。 ――ただ、気持ちを整理する時間が必要なだけ。 そして、アヤノ……シンタローは、アヤノに今の姿を見せたくないんだよ。 ……男としてのプライドとか、いろいろな。 だから、気を落とさずに気長に待っていて上げてくれないか?」
 和人は至極真面目に呟いた。 その言葉にアヤノは確かに頷いて、微笑む。
「ありがとう、和人君。 ――暫くシンタローの事よろしくね。」
「……今更だろ。」
 苦笑しつつ、和人は今までのことをざっと思い出していた。 初めて会ったあの時のことも、自分の犯した許される事のない過ちを包み込んでくれたあの手も、全部。
「セト、シンタローからの伝言だ。 ――まあ、後で会ったら直接言うって本人は言っていたけど、どうしても今伝えたかったんだと。」
「……伝言?」
「ああ。 “ありがとう、そして、ごめん”って。」
 その伝言にセトは目を見開いてそして。
「……セト?」
 一筋の涙を、流して彼は――セトは微笑んだ。 自分の声がちゃんと彼に届いていたことがとても嬉しかった。 自分のしたことは無駄じゃなかったって、今ようやく実感できた。
「無駄、じゃなかったんすね。 ――俺がやったこと。」
 涙を拭くこともせずにセトは呟く。
「ああ。 全部全部、シンタローに届いていたよ。 あの時、セトが必死にシンタローに呼びかけたからあの真っ暗な世界の中でシンタローは光を見つけることが出来たんだ。」
 その光があったからこそ、シンタローはこうして現実に帰って来ることができた。 セトが身を削りながら紡いだ言葉達は全て、シンタローに届いていたのだ。
「セト、お疲れ様。 ゆっくり休んで、早く元気になって退院しろよ。」
 そう言うと和人は差し入れ、と言ってセトに飲み物を投げ渡した後に病室を出て行った。
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